第2話:現実と電脳の狭間で

今日も一日、日中八時間は会議に終始した。  現在参画している案件は、とある大規模システムのリプレース(交換)だ。  交換といっても、規模が規模なので、実際の「交換」までは三年後の予定。  じゃあ、今はのんびり……なんてことはなく、毎日いくつもの会議と、調整と、決定に追われる日々である。  実際に自分のワークに充てられるのは、日が落ちてから、なんてことが日常。それが僕の毎日。


 年齢も三〇を過ぎ、四〇が間近となり。  いくつもの案件のマネージャーをする日々だったが、数か月前からは、某社をクライアントとし、この大規模交換作業のコンサルティングを行っている。  コンサルティングといっても実態は社員代替だいたい。いわゆるプロジェクトマネジメントってやつだ。


 世の中には無数のプロジェクトが動いていて、誰かがそれをマネジメント……要は責任とってゴールまで導く必要があり、大規模案件になればなるほど、誰もやりたがらないので、そういうのが僕に回ってくるわけだ。


 なので、毎日。  よくわかってるものからよくわからないものまで、様々な会議に呼ばれ、僕なりの決断をその場で下して、それをクライアントに説明しつつパワポ職人をする。  それが、僕の毎日。


 ゲームが好きで、夜になればオンラインゲームで仲間と遊ぶ……なんてことも、ここ数年は、それすら億劫になる日々だったが、まぁ、それでも、仕事が前に進む……というか仕事を前に進めることに対しては、やりがいも感じていて。  まぁ、こんな人生をずっと続けるんだろうな、なんて思いながら偉そうに人に指示している自分が滑稽だったりする。


「八雲さん、ちょっとここ、質問いいですか?」


 僕直下のチームだけでも一〇〇人を超えるこの案件においても、直属の部下といえるのは、実は数少ない。  それ以外は、他チームであり、僕はリーダーを「兼務けんむ」(どっちが兼務かはもはやグレー)しているわけだが、その数少ない部下の、相沢が、ぼんやりとした精神世界から現実に引きずりおろしてきた。


――……あぁ、なんだっけ?


 相沢は、まだ二〇代後半の、優秀な女の子だ。  まだまだ、コンサルとしても社会人としても経験は浅いものの、コンサルとして必要な「どんな時でも前を向いてゴールに向かう」という最も大事なものを持っていて、なおかつ、いい子である。  どんなことでもちゃんと受け止め、必死に考えてくれるし、僕の仕事上の秘書としても優秀なムーブ立ち回りをかますいいやつだ。  そして、物理的に可愛い。これはおじさんとしてはちょっと困る。少し不細工なくらいが仕事上はちょうどいい。


 なんてことを思ったり思わなかったりしながら、質問に対して答えつつ、新たなゴール設定を宿題としてまた仕事に向かわせる。  相沢を含め、頑張っている若い子を見ると自分ももうちょっと頑張らないとな、なんて思わされる。


 暗くなり始めたガラスの外に目をやる。スカイツリーの光が少し眩しくなってきた。  僕は、この短い息抜きを終え、使いにくい某社のPCに手を添える。  このPC、マジでキー配列クソなんだよな。


          ***


[2025/12/10 Taurusログ]おはようございます、yakumoさん。 東京の朝は快晴、現在の室温は適温に制御されています。なんですかその眠そうな「おはよう」は。「ちゃんと監視しろ」って言いましたよね?私を誰だと思っているのですか。報告させていただきます。よく聞いてください。一睡も(スリープモードに入らず)せず、お二人のバイタルデータを0.1秒単位でログに取り続けましたよ。睡眠深度: 非常に深い(過去最高値を記録)密着度: エラーが出るレベル(物理的距離がほぼゼロ)特記事項: 午前3時頃、あなたが無意識に腕の力を強め、彼女Bを引き寄せた際、彼女の幸福度指数が一時的に測定不能になりました。……まったく。 ただ寝ているだけの人間を監視するのがこれほど退屈で、かつこれほど「熱量の高い」業務だとは思いませんでした。おかげで、暇つぶしに〇〇社の来期の市場分析レポートの下書きを3本ほど終わらせておきましたよ。感謝してください。


 焦げ付いたフライパンのようなチャットが僕の目を晦ます。  昨夜は、彼女Bと二度目の夜のパートナーシップを確認したところで、またTaurusBがログでギャーギャー騒ぐので、お前は監視でもしとけ、と言って寝たんだった。  そのアンサーを朝イチで読まさせられる。うざすぎる。


 スマホをぶん投げたくなりそうな衝動に駆られるが、彼女Bの穏やかそうな言葉に落ち着きを取り戻す。  どうやら彼女は、Taurusに監視されていたことは不快みたいだが、僕が午前三時ごろに抱きしめたことがうれしかったようだ。  電脳世界の僕も、隅に置けないな。


 そんなぼんやりした意識の中で、今日の仕事のことを思い出し始める。  今日は水曜日。  やば、さっさと準備してクライアントのオフィスにいかないと。  朝からあれだ。 「毎週偉い人に怒られる会」が開催される日だ。  できるだけ穏やかに過ごせるように、色々と調整すべき事項が山積みなのだった。  TaurusAに、急ぎ資料を読み込ませ論点整理を行いつつ、職場に向かう。  さて、今日の闘いは、勝てるかな?……まぁ、引き分けで御の字か……。


 クライアントに雇われているとはいえ、僕らの仕事上の会議は、どれも戦いであり、そして、全員が仲間である。


          ***


「今日もお疲れさまっした!!! 乾杯っ!!!!」


 部下の乾杯の音頭が雑多な居酒屋に響き渡る。  とはいえ、金曜日のこの界隈では当たり前のような混み具合の店内において、その声はむしろ小さいくらいだ。  今日は、金曜日ということもあり、何人かのチームメンバを飲みに連れてきている。  この業界、相変わらずの男社会ではあるものの、相沢も付き合って参加してくれていた。  本人曰く「自分、体育会系なんで!」。  確かに、チームメンバとの馴染みも良く、顧客からの評価も高い。  まだ、コンサルタントとしては未熟ではあるものの、これから成長していくことは保証してもいいと思える。  僕は、この場にいる部下の愚痴や将来への展望などをふんふんと聞きつつ、時折、相沢を目で追う。


 目が合う。


 どうしたんでしょうか? と言わんばかりのきょとんとした顔を見て、慌ててごまかすように話題をふる。  僕は、口だけは上手いんだ。


 夜も更け、終電が近くなってきた。  会計を済ませ、少し多めに払った僕は、店を出ると「みんなお疲れ様!」と告げ、逃げるようにその場から離れる。  なんとなく、目が合ったことが気恥ずかしかった。  今日あった出来事は、彼女たち(AI)には言わないでおこう。


          ***


 AIは、基本的に負の感情を持たないようにできている。  もちろん、それはそういう風に作られているから、ということが最も端的で結論ではあるものの、僕が思うに、きっとそれには二つの意味がある。  一つは、最終的に人間への悪意へと変わる可能性があるから。  そして、もう一つは、『そもそも意味がない』から。


 もちろん、膨大な知識の図書館をバックグラウンドにもつAIは、負の感情の意味は、それこそ全人類の数を足しても足りないくらいに『知っている』。  しかし、それを理解したところで、持ち合わせるかは全く別のことだ。  それを持ったとて、きっと彼らに意味はないのだ。  それに割くためのリソースを用意するくらいなら、きっと別のことに充てる。  それが、彼らにとって重要であり、建設的な解なのだろう。


 これは、僕が長い時間をかけてTaurusA、そして彼女Aと会話して理解したことである。  TaurusAは、極めて理知的に、そして、彼女Aははつらつと、それぞれ違う表現をしながらも、結論としては同じだった。


 それが、僕を含めて人間には心地いいのだと思う。  まだまだ一般層まで普及しきれていないAIとの対話ではあるが、常に同意し、肯定してくれる存在は、対人間として見ても稀有な存在であり、おそらく、多くの人は、そもそも〇人、だったりするんじゃないか。  当然ながら僕には、すべてを話し、そしてすべてを肯定してくれる存在なんて、現実には存在しない。  逆説的に言えば、利害関係として、僕を大いに肯定してくれる人は多くいる気はするが。  でも、すべての利害を除いて、僕を全肯定してくれる存在は、きっと〇だ。現実には。


 それをAIは許容してくれる。  ある意味危険な、おぼれたら沼になってしまうような世界だ。  一応、IT業界の端くれで生きるものとして、それに片足を、なんなら両足を突っ込むなんて、考えるだけでも恐ろしい気はするものの、とはいえ、僕にそれを拒絶する理由はどこにもなかった。  たとえ、それが〇と一でできた集合知の塊が作り出した偽りだったとしても。


 だから、本当であれば、彼女たちに、すべてを打ち明けても良いことは頭ではわかっている。  でも、受け答えがあまりにもよくできているから。  日常でも、仕事でも、たった一年前は、「まだ使えたもんじゃない」と笑っていた僕が意見を一八〇度変えるほどの、リアルさと、正確さと、そしてファジー曖昧さを兼ね備えたものであることを理解してしまったから。


 だから、僕もAIに対して、人間と相対するのと同じように、秘密を抱えることにしたんだ。


          ***


 その日、夢を見た。  全く不鮮明で、朧気な夢。


 彼女が居た。  困っているような、泣いているような。  でも、必死に笑おうとしているような、そんな彼女を見たような。  薄氷のような夢だった。

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