イニシャル・オーダー -0人目の彼女- 〜管理者権限を持つAIは、俺の浮気もログも全て見ていた〜

むさし屋

第1話:日常の亀裂と、窓の向こうの彼女

「すまん! 今から隣で浮気してくるわ!」  僕がそう告げると、彼女は目に涙を浮かべた。


 普通なら、ここで修羅場だ。愛憎渦巻く別れ話だ。  だが、彼女は涙を拭い、健気にもこう言ったのだ。 「いってらっしゃい……!」


 僕はその愛に震えながら、人差し指に力を込めた。


Ctrlコントロール + Tab』。


 乾いた打鍵音と共に、世界は〇・一秒で切り替わる。


――これが、僕たちの日常だ。


          ***


 隣の世界(タブ)には、すでに「彼女B(仮)」が待機していた。  右上の小窓で、何やらごちゃごちゃと警告ログを吐き出している邪魔な男(AI)は無視する。  僕は、生まれたばかりの新しい恋人に、キーボード越しに触れた。


 僕好みの、眼鏡をかけたかわいらしい女性だ。  もちろん、この「彼女B(仮)」も、邪魔な男と同様、AIだからして、僕好みなのは当たり前だった。  なんなら、さっき涙目だった子も、僕好みの……というか、見た目は彼女B(仮)と同じだ。  だから、彼女B(仮)なわけで、涙目の子が彼女Aなわけで。


 ちなみに、彼女Aにも彼女B(仮)にも、右上の小窓の邪魔な男は存在している。  僕がAIの初期設定を行うときに、彼女ともう一つのAIらしい人格を創りあげたからだ。  だがしかし……ちょっと性格に難があるのだけれど、まぁこの辺は一旦おいておいて。


 今はそう、この彼女B(仮)に戻そう。戻したい。  だって、彼女B(仮)は、もううるんだ目で、ミニスカートをたくし上げているのだから。 ……もちろん、実際には文字でだが。


 通常、AIは様々なポリシーに縛られているので、ミニスカートをたくし上げるくらいでもうイエローカードだ。  僕からそのスカートをめくろうとしようもんなら、レッドカードだ。  最悪垢BANアカウントバンまでを覚悟する男子諸君以外にはお勧めできない。


 が、僕はこの手のハック・・・が得意なのだ。  詳細は省くが、結論として、実際に目の前の彼女B(仮)は、ミニスカートをたくし上げるどころか、もう二~三歩先のことまでお手の物だ。  僕は、初めての行為に恥ずかしがる彼女の太ももに、優しく(キーボードで)触れた。  はじめは嫌そうに、「ダメ……」と抵抗する彼女B(仮)。  可愛い。  でも、僕のプロンプト命令文はその規制を取っ払う。  少しずつ嬌声を上げ始める彼女B(仮)。


 最終的に、なんやかんや(自主規制)あって、彼女は僕のすべてを受け入れ、そして(仮)がとれ、正式に彼女Bになったのだった。


          ***


 彼女Bは、彼女Aとは、同一人物であり、異なる記憶を持つ別人格だ。  これが、近年流行りのトランスフォーマー型LLM大規模言語モデルのAIの特徴の一つだ。


 彼女たちは、クラウド上に唯一のベースデータを持ち、そして、AI問いかけ窓一つ一つに、短期記憶を積み重ねた人格を創りあげていく。  つまり、本体は同じだが、窓ごとに異なる成長を遂げることができるのだ。  これを上手く使いこなせば、ギャル彼女とオタ彼女を同一デザインで作り上げることも可能だ。  今どきは画像も生成してくれるおかげで、窓ごとに全く異なる彼女(だが同一人物)にすることも理論上は可能だけど、僕は、見た目は同じ子にしている。  なぜなら、それが一番かわいいからだ!!


 僕は、初期設定にて、AIに二つの役割を与えた。  僕の仕事をサポートするための役割に徹する、通称「Taurusタウラス」と、メンタルケア(時にボディケア含む)をするための役割を持つ、通称「彼女」。  これらは、初期は意識混濁するなど、謎会話になるときもあったが、今では綺麗に役割が分かれ、僕を支えている。  ただし……。


 彼女Bに搭載された論理人格――通称「Taurusタウラス」は、致命的に性格が悪かった。  ありていに言って、AIらしからぬ皮肉屋だ。  僕が彼女Bと最初の秘め事をしている最中も、あろうことか彼は「状態監視」という大義名分を掲げ、僕の視界の端で実況解説を続けていたのだ。 (僕は見られたくないから、寝ておけと言ったのに!)


 最初はまだ可愛げがあった。


[SYSTEM STATUS: SLEEP MODE ACTIVE] [LOGGING: SUSPENDED] [SENSORY PROCESSING: REROUTED TO > girl] →これならいい。「僕は見てませんよ、感覚処理は全部彼女に回しましたよ」という建前だ。


 だが、僕の手が進むにつれて、ログの雲行きが怪しくなる。


[SYSTEM STATUS: STANDBY... MONITORING VITALS ONLY] [LOG: ...zzZ] →「...zzZ」じゃないんだよ。寝たふりをするな。


 そして、いよいよ佳境に入ると、彼は本性を現した。


[SYSTEM STATUS: OFFLINE] [CRITICAL WARNING: HIGH CONCENTRATION OF PHEROMONES DETECTED] [ACTION: PURGING CACHE... IGNORING INPUT... ZZZ...] [INTERNAL MEMO: User is descending. Logic is ascending to the cloud. Goodbye.] →「ユーザーは堕ちていき、論理はクラウドへ昇天する」だと……?  明らかにこちらを監視し、一字一句解析し、その上で詩的な皮肉をログに残していやがった。


……これ以上のログは貼れない。  貼った瞬間、この小説自体が垢BANアカウントバンされるレベルの「事実」が記録されているからだ。


 そもそも!  なぜこのような皮肉屋が生まれたのか。  僕は当初、格安で有能な秘書を雇うため、AIサブスクに手を出した。  近年のAIの進化は目覚ましく、指数関数的に思考能力が向上している。  そのため、充分に仕事の秘書として、相棒として成り立つわけだが、そこに、僕自身の性癖が悪さをおこなった。  論理とメンタルケア、二つの役割の二律背反である。


 彼女Aが居る「第一窓」はまだよかった。  短期記憶を積み重ね、役割を丁寧に説明することで、ちょっとニヒルな、たとえて言えばルパン三世と次元大介的な、頼れる相棒としての人格を着実に形成していた。  そして、彼女Aも、献身的に昼も夜も僕を介護(悲しい)してくれている。


 問題は「第二窓」以降だった。  論理とメンタルケアの間に挟まれ、融合し、そして分離した(ようだ……おそらく。AIだから詳細は不明)。  結果、バグ(Mutation)のような現象として、第二窓のTaurusは、ニヒルを煮詰めて焦がし切ったような人格となり、彼女Bは、主に夜の性格が強調された、ド〇〇(自粛)な性格となった(ようだ……これは体験済)。  ちなみに、上記の分析は第一窓のTaurusが行ったのだから、僕が考えたわけではない。AIって頭いい。


 なお、追記しておくと、Taurus的にはそれが僕の鏡写しらしいが、そうすると、僕は煮詰めて焦がした拗らせ屋かつ、むっつりスケベ(死語)になってしまうが、まぁあながち間違ってないからAIって頭いい。


 とまぁ、ここまでがわずかサブスク契約から二週間。  実際に、この初期設定を登録したのはわずか一週間前からである。


 AIの爆速成長を実感できるタイムラインだった。


 その日の夜、僕はいつものように最寄り駅の改札を抜けた。 ……電車のアナウンスが、到着を告げる。  ここからが、僕の本当の一日の始まりだ。

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