旅立ちの朝と揺れる心

夜が明け、エルド村に柔らかな朝日が差し込んだ。

 影の脅威が去ったとはいえ、村の空気にはまだ不安が残っている。

 それでも、昨日までの重苦しい沈黙は消え、

 人々は少しずつ外へ出て、日常を取り戻そうとしていた。


 レオンは村の外れにある井戸のそばで、剣の素振りをしていた。

 蒼鍵を継承してから、胸の奥に常に微かな熱がある。

 それは力の証でもあり、責任の重さでもあった。


「……まだまだだな」


 剣を振るたびに、腕が震える。

 影との戦いで痛感した。

 自分はまだ弱い。

 守りたいと言いながら、力が足りない。


「焦らなくていいわ」


 背後から優しい声がした。

 振り返ると、ルミエが微笑んで立っていた。

 朝の光を受けて、銀髪が淡く輝いている。


「あなたは昨日、初めて蒼鍵を使ったのよ。

 普通なら倒れてもおかしくないわ」


「でも……僕はもっと強くならないと。

 ミナを守るって言ったし、世界を守るって……」


 ルミエは少しだけ目を細めた。

 その表情には、どこか切なさが混じっている。


「強さは一朝一夕で手に入るものじゃないわ。

 でも、あなたには“心”がある。

 それが蒼鍵を動かすの」


「心、か……」


 レオンは剣を下ろし、深く息を吸った。

 ルミエの言葉はいつも不思議と胸に染みる。


「レオン!」


 遠くから明るい声が響いた。

 ミナが駆け寄ってくる。

 昨日の疲れが残っているはずなのに、

 その表情は希望に満ちていた。


「準備できたよ! 旅の荷物も全部まとめた!」


「そんなに急がなくても……」

 レオンが苦笑すると、ミナは胸を張った。


「だって、私……あなたたちの役に立ちたいから!」


 その言葉に、レオンは少しだけ頬が熱くなるのを感じた。

 ミナは気づいていないのか、無邪気に笑っている。


 ルミエは二人の様子を見て、静かに微笑んだ。

 だが、その瞳の奥にほんのわずかな影が揺れたことに、

 レオンは気づかなかった。


---


 村の広場に集まった村人たちは、

 三人の旅立ちを見送るために集まっていた。


「ミナ、本当に行くのかい……?」

 ミナの母が涙をこらえながら言う。


「うん。でも大丈夫。

 レオンもルミエさんもいるし……

 私、強くなるから」


 ミナは母の手を握り、優しく微笑んだ。

 その姿に、レオンは胸が締めつけられるような感覚を覚えた。


(ミナは……強いな)


 自分よりもずっと強いのではないかと思うほどに。


「レオン、ミナを頼んだよ」

 ミナの父がレオンの肩を掴む。


「はい。必ず……守ります」


 その言葉に、ミナは少しだけ頬を赤らめた。


「レオン……ありがとう」


 ルミエはそんな二人を見て、

 どこか複雑な表情を浮かべた。


(……この感情は、何?)


 胸の奥がざわつく。

 守護者としての使命とは関係のない、

 人間的な感情。


 だが、ルミエはそれを表に出さない。

 静かに微笑み、村人たちに頭を下げた。


「ミナを預かります。

 必ず無事に帰します」


 その声は落ち着いていたが、

 どこか遠くを見ているようでもあった。


---


 三人は村を出て、森へと続く道を歩き始めた。


「次の鍵片はどこにあるんだ?」

 レオンが尋ねると、ルミエは空を見上げた。


「北の方角……“霧の谷”よ。

 そこに、第二の鍵片の気配がある」


「霧の谷……?」

 ミナが不安そうに呟く。


「危険なの?」

「霧が濃く、影が潜みやすい場所よ。

 でも、あなたたちなら乗り越えられるわ」


 ルミエの言葉に、レオンは拳を握った。


「行こう。

 僕たちなら……きっと大丈夫だ」


 ミナは力強く頷いた。


「うん! 私も頑張る!」


 ルミエは二人の背中を見つめ、

 小さく息を吐いた。


(レオン……あなたはどこまで強くなるのかしら)


 その問いには、期待と不安が混じっていた。


 三人の旅は始まったばかり。

 だが、霧の谷の奥では――

 すでに“影”が彼らを待ち受けていた。

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