影に囚われた村
夜明け前の森は、薄い霧に包まれていた。
レオンとルミエは神殿を後にし、静かな森の中を歩いていた。
蒼鍵を継承したばかりのレオンの胸は、まだ熱を帯びている。
「……本当に、僕でよかったのか」
レオンは胸に手を当てながら呟いた。
「不安なのは当然よ。でも、あなたは選ばれた。
蒼鍵は“心”に反応する。あなたの決意を感じ取ったのよ」
ルミエの声は柔らかいが、どこか厳しさも含んでいた。
レオンは深く息を吸い、前を向いた。
「最初の鍵片は、この近くの村にあるのか?」
「ええ。“エルド村”。封印の揺らぎが強くなっているわ」
森を抜けると、朝日が差し込み、遠くに小さな村が見えた。
煙突からは白い煙が立ちのぼり、穏やかな生活の気配が漂っている――はずだった。
だが、近づくにつれ、空気が妙に重くなっていく。
村の入口には誰もいない。
扉は閉ざされ、窓には板が打ち付けられている家もあった。
「……静かすぎる」
「封印の影響ね。鍵片が“何か”に反応している」
ルミエの言葉に、レオンは背筋が冷えるのを感じた。
その時――
「きゃああああっ!」
村の奥から、少女の悲鳴が響いた。
レオンは反射的に走り出していた。
「レオン、待って!」
「誰かが危ないんだ!」
広場に飛び込むと、黒い霧のようなものが渦巻いていた。
霧は生き物のように蠢き、その中心で少女が倒れている。
「虚無の瘴気……!」
ルミエが叫ぶ。
霧は少女の胸元にまとわりつき、まるで命を吸い取るように絡みついていた。
「助けないと!」
レオンは少女に駆け寄ろうとしたが、霧が牙のように伸びて襲いかかってきた。
「レオン、蒼鍵を使って!」
「どうやって!?」
「心で命じるの。
“守りたい”って強く願って!」
レオンは震える手を胸に当て、少女を見つめた。
恐怖よりも、助けたい気持ちが勝った。
「……守れ!」
蒼い光が爆発するように広がり、黒い霧を押し返した。
霧は悲鳴のような音を立てて消え去り、少女は静かに息をついた。
レオンは膝をつき、肩で息をした。
蒼鍵の力を使ったのは初めてで、体の奥がじんじんと痺れている。
「よくやったわ、レオン」
ルミエがそっと肩に手を置いた。
少女はゆっくりと目を開けた。
年はレオンと同じくらい。
栗色の髪に、澄んだ緑の瞳。
「あなたたち……助けてくれたの?」
「うん、大丈夫?」
「私はミナ。この村に……“黒い影”が現れたの」
ミナは震える声で続けた。
「影は村の人たちを襲って……
そして、私の家の地下にある“古い宝石”を探していたの。
あれは代々、村が守ってきたものなのに……」
ルミエがレオンに目を向ける。
「その宝石こそ、鍵片の可能性が高いわ」
「じゃあ、影は鍵片を狙って……?」
「ええ。虚無竜ヴォイドの力が、鍵片を奪おうとしている」
ミナは涙をこらえながら言った。
「お願い……私の家に来て。
宝石を守らないと……!」
レオンは迷わず頷いた。
「行こう、ミナ。
鍵片も、村も……必ず守る」
ミナの家は村の外れにあった。
古い木造の家で、地下へ続く階段があるという。
歩きながら、ミナはぽつりぽつりと話し始めた。
「影が現れたのは三日前。
最初は黒い霧みたいだったけど、だんだん形を持つようになって……
人の形に近づいていったの」
「人の形……?」
「ええ。まるで、誰かの姿を真似しているみたいに」
レオンは背筋が冷えた。
虚無の力がそんなことまでできるのか。
「村の人たちは怖がって家に閉じこもった。
でも影は家の中まで入ってきて……
私の家の地下を探していたの」
「鍵片を奪うためね」
ルミエが静かに言った。
ミナの家に着くと、扉は半ば壊されていた。
中は荒らされ、家具が倒れている。
「影は……まだいるかもしれない」
ミナが震える声で言う。
「大丈夫。僕が守る」
レオンは胸に手を当て、蒼鍵の鼓動を感じた。
地下へ続く階段は暗く、冷たい空気が漂っていた。
階段を降りると、古い石造りの地下室が広がっている。
その中央に――
蒼い光を放つ宝石が浮かんでいた。
「これが……鍵片」
レオンが息を呑む。
だがその瞬間、闇が揺らめいた。
黒い影が、宝石の背後からゆっくりと姿を現した。
人の形をしているが、顔はなく、全身が黒い霧でできている。
「……来たわね」
ルミエが構える。
影はゆっくりと手を伸ばし、宝石に触れようとした。
「させない!」
レオンは前に飛び出した。
影がこちらを向き、口のない顔から低い唸り声が響く。
黒い腕が鞭のように伸び、レオンに襲いかかる。
「レオン、集中して!
蒼鍵はあなたの意志に応える!」
「分かってる……!」
レオンは胸に手を当て、強く願った。
「守れ……!」
蒼い光が広がり、影の攻撃を弾く。
影は後退し、苦しむように揺らめいた。
だが――影は消えなかった。
むしろ、より濃く、より強く形を成していく。
「……まずいわ。
あれは“影の眷属”。
鍵片の力に引き寄せられ、強化されている!」
「じゃあ、どうすれば……!」
「影を倒すには、鍵片を“継承者の力”で安定させる必要がある。
レオン、宝石に触れて!」
「僕が……?」
「あなたしかできない!」
レオンは迷わず宝石へ走った。
影がそれを阻もうと腕を伸ばすが、ルミエが光の壁で防ぐ。
「今よ、レオン!」
レオンは宝石に手を伸ばし――触れた。
瞬間、蒼い光が爆発し、地下室全体を包み込んだ。
影は悲鳴のような音を立てて崩れ落ち、霧となって消えた。
光が収まると、宝石はレオンの胸へ吸い込まれるように溶けていった。
「これで……第1の鍵片は……」
「あなたのものになったわ、レオン」
ルミエが微笑む。
ミナは涙を浮かべながら言った。
「ありがとう……本当にありがとう……!」
レオンは胸に宿る新たな力を感じながら、静かに頷いた。
「まだ始まったばかりだよ。
僕は……この世界を守るために旅をする」
こうして、レオンは最初の鍵片を手に入れた。
だが、影の脅威はこれで終わりではない。
虚無竜ヴォイドの力は、確実に世界へ侵食を始めていた。
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