第3話 桜、散る



「相川さん、本当にすみませんでした」


「だ、大丈夫……」


「いや、初対面の男が目の前で暴れられて怖い思いしたでしょ??ここぞとばかりに慰謝料もらった方がいいよ~」


「俺が言えた立場じゃないが、誠也も少しは申し訳なさそうにできないのか……??」


「暴れたのはお前だけど、それもそうだな。ほんとごめん相川さん。この通り」



 始業式が終わってHRが始まるどさくさに紛れて頭を冷やして教室に戻った俺だったが、最初にやったことは自己紹介兼謝罪周りだった。


 みっともなく騒いだ挙句、新学年一発目の始業式にも参加しないという不良っぷり。

 これをそのままなかったことにして、なあなあと日常に戻れるほど俺は腐ってはいなかった。


 HRが始まるまでにはほぼクラスメイト全員に謝罪を終え、残るは一番被害を受けたであろう相川さんだった。

 彼女に話しかけるまで、俺はびくつき、相手も何を言われるかわからずびくびくするという最悪な空気だったが、誠也が一声かけてくれたおかげでどうにか隣人に誠心誠意謝罪をすることができた。



「ほ、ほんとにびっくりしただけで、何かされたわけじゃないから……」


「和樹、このありがたいお言葉をしかと胸に刻んでおけよ」


「ほんと、迷惑かけないようにしますんで、隣ですがどうかよろしくお願いします……」



 誠也のしょうもない話は完全にスルーして、俺は相川さんにもう一度深々と頭を下げた。


 優しい彼女はわたわたと手を振りながらそう言ってくれたが、どこか不安げな表情を見てしまうと内心は迷惑がっていたに違いない。

 そう思うと自分の独りよがりな行動の罪悪感で胸が張り裂けそうだった。






 翌日-



「「あっ……」」



 ぼーっとしながら玄関の扉を開けてみると、たまたま通りかかった朱里に驚いて肩にかけていたカバンが落ちそうになった。

 いつもより早く出たのにかち合ってしまうとは、これはかなり気まずい。

 いや、俺が特に何かしたわけではないけれど。



「おはよ、和樹」


「お、おう、朱里」



 昨日は注目の的になったはずなのに、疲れた様子を微塵も感じさせない笑顔と共に気さくに声を掛けてくれる天使のような幼馴染に少し心が弾んでしまう。


 こっちの気持ちも知らないで。

 ほんと、惚れた弱みはこういうところにも出てきてしまう。



「せ、せっかくだから、行くか??」


「そだね、一緒にいこっか」



 黒のミディアムボブが風に揺れさらさらと流れ、女子平均以上の身長から醸し出されるオーラも相まってその姿はまるでレッドカーペットを歩く女優だ。

 健康的な脚と歩くたびに揺れるものになるべく目を向けないよう、少し罪悪感を覚えながらどうにか会話の糸口を手繰っていく。



「そ、そういえば、最近陸上部の方はどうなんだ」


「ん~。大変だけど、楽しいよ??この前の試合でも自己ベスト更新したし、この調子で夏の大会まで頑張りたいよね。目指せ県大会入賞っ!!」



 元気よくこぶしを突き上げてにかっと笑う姿を見ると、いつもの元気な朱里だと思ってしまう。

 今、どんな気持ちで俺と話しているのかは、ちっともわからない。

 でも、楽しそうにあれこれと話題の引き出しを開け続ける朱里を見ているだけで胸の内が陽を浴びたようにポカポカする。


 いつまでも続けばいいのに、そう思わずにはいられなかった。


 それなのに、自分勝手な俺はこの春の陽気のような空気に水を差すように、ぎゅっと手を握り締めて余計な口を開いてしまう。



「こ、この前、見たんだけどさ……。陸上部の先輩と……付き合っ……た??」



 急な話題変更に朱里は少し目を見開いたが、俺と向かい合うようにクルっと向き直って、どこかわかってたかのようにおぼろげな笑みを浮かべて小さくうなずく。



「……うん。青柳翔あおやぎかける先輩とね」


「そ、そう……か」



 最初からわかっていることなのに、その答えを本人の口から聞くことがこんなにつらいとは思わなかった。

 膝が震えるし、握り締めた拳に爪が立っているせいで血がにじんでいそうだ。

 頭の中で朱里の言葉が反芻し、あの日見た光景がフラッシュバックしてもう何も考えられない。


 でも、残酷に朱里はそんな俺のことを置いていくかのように続ける。



「ほんと、いい人なんだよ??色んな人から慕われてるし、部活以外でも私に親身になって面倒見てくれるし。私にはもったいないくらいの人」


「……そりゃ好きにな……るよな」


「うん……。告白してきてくれた時は嬉しかった。だから、もっと頑張ろうって決めたの」


「……そっか」



 朱里は小さく微笑むと、俺に背中を向けて再び歩き出す。


 まるで俺と明確な一線を引くかのように。



「だから、こうして一緒に行くのも少なくなっちゃうね」


「……彼氏持ちのやつが他の男と一緒に歩くなよ」


「それもそうだね」



 そう言うと、朱里は陸上部の健脚を生かしてどんどんと先に進んでいく。

 俺もどうにか食らいついていたが、気が付けばもうそこには高校の正門が目の前だった。

 和気あいあいと生徒たちが談笑しながら登校していたのに、俺たちの間にはもう会話はなかった。



「それじゃ、和樹」


「ああ……」



 そう言い残すと、朱里はパパっと駆けて校舎の入り口へと消えていった。

 周りに友達や部活の後輩に囲まれながら、笑顔を絶やすことなく。


 置いて行かれた俺は脱力してしまって、校門をくぐるや否や、近くにあった木に寄りかかる。

 はあ、と大きく息を吐くと、なぜか視界がぼやける。



「……っ」



 何度それを拭ってもその視界が晴れることはなかった。



「……ったく」


「……なんだよ」



 視界は完全に機能を停止してしまったために、やや敏感になった聴覚を刺激したのは悪友の声。

 いつからそこにいて俺の醜態を見ていたのかはわからないが、今の俺にはそれを追求する余裕はなかった。



「いい加減、男なんだから昨日から続けて喚いたり泣いたりするの、やめろよな」


「う、うるせ……」



 誠也は俺の肩を掴んで無理やり立たせると、頭をガシガシと雑に手で荒らす。

 頭はぼさぼさになり、かなり強く掴まれたせいでしっかりと痕が残りそうなくらい痛かった。

 でも、今の俺には嬉しかった。


 長年の初恋が完全に敗れた、この痛みに比べれば大したことないんだから。

 これもまあ、誠也なりの励ましなのかもしれない。


 俺は制服に付いた桜の花びらを払いながら、誠也にずるずると校舎まで引かれていった。

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2026年1月10日 20:00
2026年1月11日 20:00

幼馴染に振り向いてほしくて、俺は教室の片隅にいる地味子と手を組んで自分磨きを始めた 郡山 青 @sei_koriyama

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