第28話 冗談みたいな部屋探し

七月の終わり、空は高く、雲が薄かった。


 テスト期間が終わり、キャンパスには少しだけ解放された空気が流れていた。

 学生たちは笑い、ベンチには寝転ぶ人もいる。


 蓮は図書館の前で、薫を待っていた。


 汗ばんだ手をポケットに入れながら、

 自分でも少し笑ってしまう。


 ――本当に、部屋探しなんてするのか。


 昨日の夜、薫が言った。


「冗談半分で、不動産サイト見てみない?」


 それは軽い言葉だった。

 でも、軽く流せる話じゃなかった。



 薫は少し遅れてやってきた。


「ごめん、ゼミ長引いた」


「大丈夫」


 並んで歩き出す。


 キャンパスの外に出て、商店街のカフェに入った。


 冷たいコーヒーを頼み、向かい合う。


 少しの沈黙。


 薫がスマホを取り出した。


「見てみる?」


 画面には、不動産サイト。


 蓮は、少し笑った。


「本当に見るんだな」


「見るだけ」


 薫も笑う。


 その笑顔は、少し照れていた。



 条件を決める。


「駅から徒歩十分快内」


「家賃は半分ずつ」


「大学まで三十分以内」


 文字にすると、急に現実味が出る。


 蓮は思った。


 ――本当に、一緒に住むかもしれない。


 その想像が、少し怖くて、

 同時に、少し嬉しかった。



「ここ、どう?」


 薫が見せる。


 古いアパート。

 二階。

 六畳と四畳半。


「狭いな」


「でも、安い」


「キッチン小さい」


「料理、私するよ」


 その一言に、蓮は少し照れた。


 未来の生活が、ふっと浮かぶ。


 朝、同じキッチン。

 夜、同じ部屋。


 特別じゃない日常。


 それが、欲しいと思った。



 でも、同時に、不安もあった。


「……薫」


「うん?」


「もし、うまくいかなかったら?」


 薫は少し黙った。


 それから、ゆっくり言う。


「そのときは、ちゃんと話そう」


 その答えが、少し大人だった。


 完璧な未来じゃなく、

 壊れる可能性も含めて考えている。


 蓮は、少しだけ安心した。



 カフェを出ると、夕焼けだった。


 商店街のシャッターが半分閉まり、

 焼き鳥の匂いが流れる。


「今日、楽しかった」


 薫が言う。


「俺も」


 少し間があって、


「なんか、怖いけど」


 蓮が言うと、薫は笑った。


「私も」


 二人は、同じ不安を抱えていた。


 でも、同じ未来を見ていた。



 帰り道、並んで歩く。


 手はつながない。

 でも、距離は近い。


 蓮は思う。


 好きだから一緒にいたい。

 それは、もう分かっている。


 でも、

 生活を一緒にする覚悟があるか。


 それが、今の問いだった。



 別れ際、薫が言う。


「次、実際に見に行く?」


 蓮は少し笑う。


「冗談半分だったんじゃないの?」


「半分は本気」


 その言葉に、胸が静かに熱くなる。


「じゃあ……行こう」


 未来が、少しだけ近づいた夜だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る