第34話 同じ部屋、違う時間

同棲を始めて、一週間が過ぎた。


 最初の数日は、すべてが新鮮だった。


 朝、一緒に起きること。

 同じテーブルで食事をすること。

 夜、同じ部屋に帰ること。


 それだけで満たされていた。


 でも――


 その“新鮮さ”が少し落ち着いた頃、

 蓮はある違和感に気づき始めていた。



 朝。


 目覚ましが鳴る。


 まだ外は薄暗い。


 蓮は目を覚ます。


 時計を見る。


 六時半。


 今日は一限がある。



 隣を見る。


 薫は、まだ眠っている。


 静かな寝息。


 起こさないように、静かに起き上がる。



 顔を洗い、着替える。


 キッチンでパンを焼く。


 その音で、少しだけ薫が動く。


 でも、起きない。



「……行ってくる」


 小さく呟く。


 返事はない。


 当たり前だ。


 寝ているんだから。



 ドアを閉める。


 カチ、と鍵の音。


 その音が、少しだけ寂しかった。



 講義を終えて、夕方。


 蓮は帰り道を歩いていた。


 スマホを見る。


 薫からのメッセージ。


「今ゼミ終わった」


 送信時間は、三十分前。


 蓮は返信する。


「俺も今帰り」



 部屋に入る。


 電気はついていない。


 静か。


 ――まだ帰ってない。



 少しして、ドアが開く。


「ただいま」


 薫の声。


「おかえり」


 自然なやり取り。


 でも、少しだけズレている。



「ごめん、遅くなった」


「いいよ」


 本当に、責める気はない。


 でも、どこか物足りなさが残る。



「ご飯どうする?」


「軽くでいい?」


「俺も」


 簡単な食事を作る。


 並んで立つ。


 でも、どこか会話が少ない。



「今日どうだった?」


 蓮が聞く。


「普通」


 短い返事。


 悪いわけじゃない。


 でも、少しだけ距離を感じる。



 食事を終え、片付ける。


 そのあと、薫は机に向かう。


「ちょっと課題やる」


「うん」


 蓮はベッドに座る。


 スマホをいじる。



 同じ部屋にいるのに、

 それぞれ別の時間を過ごしている。


 それが、少し不思議だった。



 ふと、思う。


 一緒に住めば、もっと話せると思っていた。


 もっと近くなると思っていた。


 でも――


 ただ同じ空間にいるだけでは、何も変わらない時間もある。



 夜。


 薫が伸びをする。


「終わった」


「お疲れ」


 少し笑う。


 でも、その間にある時間は、埋まっていない気がした。



「ねえ」


 薫が言う。


「うん?」


「最近、ちょっとすれ違ってない?」


 その言葉に、蓮は少し驚く。


 同じことを思っていたから。



「……うん」


 正直に答える。


 薫は少しだけ安心したように息を吐く。


「やっぱり」



「時間が合わないね」


 薫が言う。


「うん」


 朝は違う。

 帰る時間も違う。


 同じ部屋なのに、

 一緒にいる時間は意外と少ない。



「でもさ」


 薫が続ける。


「前よりは、ちゃんと顔見れる」


 蓮はその言葉を聞いて、少しだけ救われる。



 完全にズレているわけじゃない。


 ただ、思っていたより難しいだけ。



「少しずつ合わせるしかないな」


 蓮が言う。


「うん」


 薫もうなずく。



 その夜、ベッドに入る。


 隣に薫がいる。


 距離は近い。


 でも、少しだけ考えてしまう。



 恋人としての距離と、

 生活としての距離は違う。


 それを、少しずつ知っていく。



 それでも。


 同じ部屋で眠ることは、変わらない。



 蓮は目を閉じる。


 完璧じゃない。

 でも、壊れてもいない。



 二人の生活は、少しずつ形を変えながら、続いていく。

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