【カクヨムコン11短編】天気は上々。今宵、君を攫いにいく。

尾岡れき@猫部

天気は上々。今宵、君を攫いにいく。


「おはよ〜」


 君の能天気な声に、私は視線を向ける。私にできる最低限の声で、返す。届いたかどうかは知らない。届かないのなら、それはそれで良い。それがことわりならば、致し方ないと思う。


「返事をしてあげたら良いのに」


 巫女のお嬢様がそんなことを言う。貴女は常識外を生きてきたから、そんなことを平然と言う。普通に考えたら、強面なこの顔に声をかけられて、驚かないワケがない。それに我らの教義にも反する。


「固い、固いです。貴方がどれだけ見守ってきたのか。それを考えれば、些事です。あの子がそんなことで揺らぐとは思えませんよ?」


 それは気まぐれ故。あえてここで波を立てる必要を感じない。


「まぁ、良いですけどね。私は女の子達が笑って過ごしてくれたら言うことはありませんから」


 境内に微かに響く、箒の音を聞きやりながら、想いを馳せる。交わることなんてない。それで良い。





■■■




 雨が降りしきる。

 冬の雨は冷たい。


 それなのに、放心したかのように、君は立ち尽くす。私はこの周りを漂う精に、ほんの少しだけ囁いた。


 柳の木が揺れる。

 そして、境内までアーチがのびる。まるで樹木の屋敷、迷宮のようだった。

 巫女のお嬢さんからしてみれば、過干渉以上。


「え……?」


 君は呆気に取られる。

 夢――?


 そう思うような光景が、目の前に続く。


 この回廊のなかでは、桜吹雪が揺れる、吹雪く。蝶が舞う。一月七日。七草粥を食す日としては、あまりに不釣り合いな光景だ。精どもめ、本気を出しすぎだ。

 君は私の目の前に来る。


「……明王様?」


 君はお堂のなかの私を見上げる。


 如何にも。

 君は昔から感性が鋭かった。精の力を借りて、仮初めの躰で散策をした私をすぐに見透かす。本来、霊験あらたかな修行を積んだ神職ですら視るのもやっとだろうに。流石に年を重ねて、その霊験さは、少しずつ内に秘めていったけれど。


 ――視える。

 それは、即ち。

 

――オカシナ子。

 そう捉えられると、君は学習したのだ。人間らしい処世術といえる。




 ――誰が、お前みたいな宇宙人のこと好きになるかよ。


 あぁ、君の勇気を振り絞った告白。そんな風に斬り捨てたわつぱがいたか。


(あの子に似ていた気がしたの。でも、あの子は私のことをそんな風に笑わない――)


 あぁ、君は私と童を重ねたのか。

 すでに現実を直視したと思っていたのに。


 君は今でも、私を探してくれていたのか。


 ――鈍感も過ぎれば、極悪ですわ。それは恋する乙女に対する冒涜というものですのよ。 巫女のお嬢さんの抗議の声。


 しかし理は理。

 理の中に利はある。

 そのような打算は――。



 ぽろぽろと流れる、感情の雫。

 君の涙を拭ってあげれたら良いのに。

 せめてもと、桜の花弁が舞う。


 の私にできることはと言えば、この程度だ。







■■■






迦楼羅天かるらてん。貴方には加減というものがないのですか?」


 巫女のお嬢様に説教をされる仏像という図もなかなか無いだろう。だが、なんとでもいえ。愛し子を虚仮にされて、のうのうと過ごす八部衆がどこにいるというのか。


「彼の髪を河童に変えたのがやり過ぎだというのです」


 不幸にも落雷が落ちた。一命を取り留めただけ、良しとすべきであろう。まぁ、実際に落ちたのは、私が吐いた金色の烈火だが。


「しかしな、音無の。相応の罰は必要ぞ。我が愛し子の想いを無下にした、その罪は重い」

「それでは、貴方はどうだと言うのですか」


 じとーっと、巫女殿は私を睨む。

 言わんとすることは分かる。


 彼女の求めに応じなかったのも、また私の業だ。


 そして、彼女は〝こちら〟寄りの人間。世が世であれば、境界線を踏み越えて、〝こちら〟に住み着くのも時間の問題だった。古来より、人はそれを神隠しと呼ぶ。





「音無の巫女よ。私が攫うと決めたら、何においても攫う。それで止めぬと言うのか?」


「私は音無ですから。どちらかと言うと、皆様よりです。ただ、腹に据えかねるのは、優柔不断な殿方の方でしょうか。世情を言い訳とは、あまりに情けない。そう思いませんか?」


 別に、この巫女のお嬢さんに対して隷属したつもりもない。感化されたこともない。ただ、この国にあの子を託すのには、あまりに澱みすぎている。

 羽根を蠢動させれば、軋む音がする。






 この国で、真面目に生きた子であった。

 たた視えるだけで、変人扱いされた子であった。


 1月12日――。

 この国では、成人式を執り行うという。


 果たして、どれだけの子が人として成したのか疑問である。否、これから成すのであろう。だが、成すまで私は待てぬ。あの子の悲しい顔など見たく無い。




 そんな日に、元服を迎えた君を攫いにいく。

 天気は曇り時々晴れ。翳りがあれば、それで良い。







 ――天気は上々。今宵、君を攫いにいく。





________________


迦楼羅天は金色の巨大な鳥の姿をした、仏教の護法神です。その容姿は鳥の顔、躰は人。金色の翼をもち日本でも信仰されています。

インド神話の「ガルダ」が元になっており、龍を食べるほど強い存在として描かれます。



【これでお終い、どんとはらい】

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