第5話

地下室の空気が少し重く感じるのは、きっと魔力の残滓のせいだ。


俺は魔力解析術を展開し、ヴァルドラン屋敷の反応をさらに深く掘り下げた。

すると、予想通り――いや、予想以上だった。

同じ性質の魔力反応が、王都のあちこちに点在している。

グランベル侯爵家の豪邸、モントール伯爵家の古い屋敷、王宮の北側にある下町の倉庫街、そしてもう一箇所、王宮のすぐ近くの古い噴水跡。

すべてに共通するのは、外魔の欠片を培養するための組織的な魔力の流れ。


(これは……間違いなく秘密結社だ)


【影の書庫】の古い記録にも、似たような記述があった。

「外魔を操り、王国を内側から蝕む者たち」――数百年前に滅ぼされたはずの「蛇月教団」の手口に酷似している。


放っておけば、王都全体が外魔の巣窟になる。

俺は静かに息を吐いた。


「……今夜、一気に回ってみるか」


準備はすぐに整う。

完全隠蔽のヴェールを三重にし、短距離瞬間移動の連鎖を最大限に活用する座標を頭に叩き込む。


転移の着地点は、いつもの王都近郊の森。

夜の王都は、昼とはまた違う顔を見せる。

街灯の魔導灯が橙色に揺れ、遅くまで開いている酒場の喧騒が遠くに聞こえる。

馬車の車輪が石畳を打つ音、夜風に乗ってくるパン屋の残り香、どこかで鳴く野良猫の声。


まずはグランベル侯爵家。


豪奢な白亜の屋敷は、昼間は華やかだが、夜になると不気味な静けさに包まれる。

庭園の噴水は止まり、窓から漏れる光も少ない。

警備の衛兵は十人以上、屋根には魔力反応のある鷹型の監視魔獣が三羽。


俺は完全幻影分身を二体展開。

一体は庭の反対側で小さな音を立て、もう一体は屋敷の正面で影を揺らす。

衛兵たちがそちらに気を取られる隙に、短距離瞬間移動の連鎖で屋敷の裏側へ。

地下への隠し階段を発見し、魔力吸収障壁で結界を吸い取りながら降りる。


地下室には、小型の儀式陣。

中心に外魔の欠片が十個ほど浮かび、黒い霧を吐いている。

陣を守るのは、侯爵の側近らしき老魔術師。

目が虚ろで、口元から黒い涎が垂れている。


(憑依されてるな)


遠隔操作術で魔力の糸を伸ばし、『広域浄化陣』を小型で展開。

青白い光が静かに広がり、欠片を一つずつ溶かしていく。

魔術師が「うっ……」と呻いて膝をつくが、俺の存在には気づかない。

陣が崩壊し、欠片はすべて消滅。


(一件目クリア。誰にもバレてない)


次はモントール伯爵家。


こちらは古い石造りの屋敷で、蔦が壁を覆い、夜の闇に溶け込んでいる。

庭は荒れ、枯れた木々が不気味な影を落とす。

警備は少ないが、代わりに魔力探知結界が複雑に張り巡らされている。


完全幻影分身を三体に増やし、結界の隙間を誘導的に開かせる。

その隙を瞬間移動で縫い、地下倉庫へ。

ここにも儀式陣。

使用人らしき男が二人、憑依されて呪文を唱えている。

床に描かれた黒い紋章――蛇が月を飲み込もうとするマーク。


(これだ……共通の証拠)


遠隔操作術で魔力吸収障壁を展開。

儀式陣の魔力を吸い取り、陣を内側から崩壊させる。

男たちは突然の魔力枯渇に倒れ、憑依の黒い霧が抜けていく。

静かに処理完了。


(二件目も完璧)


三番目は下町の倉庫街。


ここは貴族街とは違い、木造の倉庫が密集し、潮と埃の匂いが混じる。

夜遅くでも荷役の作業をしている者たちがいるが、反応の中心は人気が少ない古い倉庫。

扉に簡単な結界だけ。


中に入ると、粗末な儀式陣。

欠片は五個ほどだが、質が悪い。

倉庫番らしき男が一人、憑依されて監視している。


『広域幻惑陣』を小型で展開。

男の視界にだけ倉庫が崩れ落ちる幻を見せ、パニックに陥らせる。

その隙に浄化陣で欠片を一掃。

男は幻から覚めて、ただ呆然と座り込むだけ。


(三件目終了。街の匂いが染みついたな)


最後、四番目は王宮の北側、古い噴水跡。


ここは公園のような場所だが、夜は人気がなく、噴水の石像が月明かりに白く浮かぶ。

地下への入り口は、噴水の底に隠されている。

結界は強力だが、魔力解析術で弱点を瞬時に見抜く。


瞬間移動の連鎖で地下へ。

狭い通路の先に、小さな儀式室。

欠片は三個だが、魔力の濃度が異常。

誰も監視しておらず、自動で儀式が進んでいる。


遠隔操作術で魔力の流れを逆流させ、陣を自壊させる。

爆発音すら立てず、静かに崩壊。


(四件目も片付いた)


すべての場所に共通していたのは、あの蛇と月の黒い紋章。

そして、魔力の糸を追うと――すべてが王宮のすぐ近く、古い地下施設へ収束している。


(中心はあそこか……)


転移で屋敷に戻ったのは、夜明け近くだった。


朝、エマがいつものように朝食のトレイを持って入ってきた。


「おはようございます、レイン様。今日は少しお顔色が優れないようですけど……大丈夫ですか?」


エマの声が心配そうに震える。

俺はベッドから起き上がり、笑顔を作った。


「おはよう、エマ。ちょっと本を読んで遅くなっちゃっただけだよ。心配かけてごめん」


「また夜更かしですか? お坊ちゃまは本当に本がお好きですけど、体が大事ですよ。ほら、今日は栄養たっぷりのスープと、新鮮な果物も入れてみました。ちゃんと食べてくださいね」


エマはトレイを置き、俺の額にそっと手を当てる。

「熱はないようですけど……最近、なんだか遠くを見ているような気がして。私、昔からレイン様のお世話をしてきましたから、ちょっとした変化もわかりますよ。何か悩み事があったら、ぜひ話してください。私でよければ、いつでも聞きますから」


温かい言葉に、胸が少し締めつけられる。

エマは本当に、俺のことを家族のように思ってくれている。


「ありがとう、エマ。本当に大丈夫だよ。エマがいてくれるだけで、俺は元気が出る」


エマは頰を赤らめて、嬉しそうに微笑んだ。


「そんなふうに言ってもらえると、私も嬉しいです。では、ゆっくり召し上がってくださいね。お代わりもありますから、遠慮なく言ってください」


会話は長く続き、エマは今日の天気のこと、庭の花のこと、兄様方の近況まで話してくれる。

俺はそれを聞きながら、静かにスープを飲む。


食堂の遠くから、兄たちの声が聞こえてきた。

ガレン兄上が王宮騎士団の模擬戦で勝利した話、ユーリス兄上が新しい貿易協定の交渉、セドリック兄上が商会の大口契約。

皆が輝き、父上も母上も誇らしげだ。

俺は部屋で一人、静かに朝食を終える。

この距離が、俺の選んだ道。


夜、再び地下室。


今日の調査を活かして、新たな魔法を習得する。


まず『魔力解析術』の深化版。

魔力の性質を分子レベルで分解・分析可能に。

練習で空気中の残滓を解析し、外魔の成分を完全に特定。


次は『影分身の複数展開』。

最大五体まで同時制御可能に。

地下室で五体の分身を動かし、完璧に同期させる。


最後に『広域幻惑陣』の大規模版。

広範囲に幻覚をばらまき、敵を混乱させる。

テストで地下室全体を霧に包み、視界を奪う。


(これで……結社の核心に、もっと近づける)


満足感に浸りながら、魔力解析術で王宮近くの地下施設を再確認した。


――過去最大級の魔力反応。

渦巻く外魔の力は、王都全体を飲み込むほどの規模。

中心に、何か巨大な存在が蠢いている。


俺は息を飲んだ。


「王宮のすぐ近くに……これは王国全体を巻き込む大事件だ」


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2026年1月10日 21:00 毎日 21:00

貴族の末っ子に生まれ変わった俺は、隠れて最強の魔法を極める ~目立たないまま、影で王国を守ります~ kuni @trainweek005050

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