第4話
地下室のランプを少しだけ明るくして、俺は魔力追跡術の糸をさらに深く伸ばした。
王都貴族街の東端――あの強い反応の中心。
魔力の流れを逆流させるように追うと、屋敷の紋章がぼんやりと浮かび上がる。
三つの黒い茨が絡み合う紋章。
【影の書庫】にあった貴族名鑑の記憶と照合して、すぐにわかった。
ヴァルドラン子爵家。
王国の中堅貴族で、三年前に領地から王都へ移ってきた家柄だ。
噂では陰気で閉鎖的、社交界にもほとんど顔を出さないらしい。
(まさに怪しいじゃないか……)
反応の中心は屋敷の地下。
外魔の欠片を培養するような、ねばついた魔力が渦巻いている。
これは放っておけない。
「……今夜、行ってみるか」
準備は万端だ。
転移座標は昨日すでに設定済み。
隠蔽魔法も強化して、魔力探知結界すり抜け対応に調整済み。
夜が更けるのを待って、俺は転移を発動した。
着地したのはヴァルドラン屋敷の外壁から少し離れた路地裏。
月明かりすら吸い込むような黒い石で築かれた屋敷は、周囲の華やかな貴族屋敷とは明らかに異質だった。
庭は荒れ放題で、枯れた蔦が壁を這い、窓という窓に厚いカーテンが引かれている。
門番の衛兵は四人、屋敷の屋根には魔力反応のある監視魔獣らしき影が二体。
警備は予想以上に厳重だ。
(でも、俺には関係ない)
完全隠蔽のヴェールを二重に重ね、短距離瞬間移動の連鎖で壁を越える。
着地と同時に魔力を完全に収束させる。
足音一つ立てず、庭の枯れ木の陰に身を潜めた。
まず最初の障害――巡回中の警備兵二人。
松明の炎が揺れる中、足音が近づいてくる。
「今日も静かだな」「子爵様の機嫌が悪いから、気を抜くなよ」
そんな会話が耳に届く。
俺は息を殺し、『完全幻影分身』を試す。
自分の姿を少し離れた場所に投影し、兵士たちの注意をそちらへ誘導。
分身が枯れ枝を踏む小さな音を立てると、兵士たちはそちらへ向き、
「何かいたか?」「気のせいか……」
背を向けた隙に、俺は瞬間移動で屋敷の裏口へ。
(一件目突破。誰にも気づかれていない)
次は屋敷内部。
裏口の扉は魔力探知結界が張られていた。
触れた瞬間に警報が鳴るタイプだ。
俺は『魔力吸収障壁』を薄く展開。
結界の魔力を吸い取り、無効化しながらすり抜ける。
扉を開けた瞬間、廊下に漂うのは埃と古い血のような鉄臭い匂い。
壁のランプは最低限で、長い影が床に伸びている。
廊下を進むと、二番目の障害――監視魔獣。
黒い毛並みの大型犬のような魔物が、鼻を鳴らして巡回している。
普通の隠蔽では嗅覚に引っかかる。
(ここは新技だ)
【影の書庫】から今朝習得したばかりの『無臭のヴェール』を重ねる。
自分の匂いと魔力の痕跡を完全に消去。
魔獣がすぐ横を通り過ぎるが、鼻をひくつかせるだけで反応なし。
俺は壁に沿って進み、魔獣の背後を瞬間移動で抜けていく。
(二件目も楽勝。成長してるな、俺)
三番目は階段の途中に張られた『侵入者検知結界』。
細い魔力の糸が網のように張り巡らされている。
触れれば即座に警報。
俺は短距離瞬間移動の連鎖を細かく刻み、糸と糸の隙間を縫うように移動。
一歩ごとに座標を計算し、十連鎖で結界を突破。
最後の移動で地下への隠し扉の前に着地。
(三件目クリア。緊張するけど、気持ちいい)
隠し扉を開けると、冷たい空気と強い魔力の臭いが鼻を突いた。
階段を下りるたび、温度が下がり、壁から湿った音がする。
地下室の奥――そこに儀式陣があった。
直径五メートルほどの円陣。
床に黒紫の魔力で描かれた複雑な紋様。
中心には外魔の欠片が数十個浮遊し、ゆっくりと増殖している。
そして陣の前に立つのは、黒いローブの男――ヴァルドラン家の執事長らしき人物。
目が完全に黒く染まり、口元から黒い霧が漏れている。
明らかに憑依されている。
「もうすぐだ……欠片が十分に育ち、王都は我らのものに……」
低い呟きが響く。
(こいつが黒幕の一人か。いや、操られてるだけかも)
直接手を出すのは危険。
でも、儀式を止めるだけなら――。
俺は遠隔操作術を展開。
魔力の糸を細く伸ばし、儀式陣の外縁に触れる。
そこに小型の『広域浄化陣』を重ねる。
青白い光が静かに広がり、欠片を一つずつ包み込む。
欠片は泡のように溶け、陣の紋様が歪み始める。
執事長が気づき、慌てて振り返る。
「誰だ!? 魔力が……乱れている!」
俺はさらに『幻夢の恐怖』を遠隔で発動。
執事長の視界にだけ、巨大な光の剣が振り下ろされる幻影を見せる。
男は悲鳴を上げて後ずさり、儀式陣から離れる。
その隙に浄化陣を最大出力。
残りの欠片がすべて消滅し、陣が崩壊する。
執事長は膝をつき、黒い霧が体から抜けていく。
意識を失って倒れる。
儀式は完全に失敗。
誰にも俺の存在は気づかれていない。
(完璧。影からすべて終わらせた)
爽快感が全身を駆け巡る。
これが俺の望むスタイルだ。
目立たず、でも確実に危機を潰す。
転移で屋敷に戻ったのは、夜明け前だった。
翌朝。
「おはようございます、レイン様。今日は少し寝顔が疲れていましたよ?」
エマがカーテンを開けながら、心配そうに覗き込む。
「ん……おはよう、エマ。ちょっと本読んで遅くまで起きてただけだよ」
「またですか? お坊ちゃまは本当に本がお好きですね。でも、夜更かしは体に悪いですよ。ほら、今日は特別に温かいミルクを用意しました。飲んでくださいね」
エマはベッドサイドにトレイを置き、ミルクを差し出す。
優しい笑顔に、俺は素直に受け取った。
「ありがとう。エマのミルク、いつも美味しいよ」
「ふふ、嬉しいです。最近、お坊ちゃま少し元気がないように見えて……。何かあったら、いつでも話してくださいね。私、昔からレイン様のお世話をしてきましたから、どんなことでも聞きますよ」
エマは椅子に腰掛け、少し話し込もうとする。
「昨日のお夕食もあまり手がついてなかったみたいですし」「お兄様方は朝から剣の稽古やお勉強で忙しいですけど、レイン様も何か趣味をお持ちになると良いかも」「いえ、無理はなさらないでくださいね」
温かいやり取りが続く。
エマは本当に俺のことを気にかけてくれる。
家族の中で、唯一の癒しだ。
朝食の時間、食堂の遠くから兄たちの声が聞こえてくる。
ガレン兄上が新しい剣技を披露し、ユーリス兄上が王宮の噂を語り、セドリック兄上が商会の拡大を報告。
父上も母上も楽しそうに笑っている。
俺は部屋で一人、静かにパンをかじる。
この距離感が、心地いい。
夜、再び地下室。
今日の経験を活かして、新たな魔法を習得する時間だ。
まず『遠隔操作術』の応用版。
魔力の糸をさらに細く、長く伸ばす技。
練習で地下室のランプを遠くから消したり点けたり。
完璧に制御できる。
次は『完全幻影分身』の強化。
分身に触覚や匂いまで再現可能に。
試しに分身を動かすと、まるで自分が二人のよう。
最後に『魔力吸収障壁』の大規模版。
広範囲の敵魔力を吸い取って自分の糧にできる。
テストで地下室の空気を浄化するくらいの出力。
(これで、次はもっと大胆に動ける)
満足感に浸っていると、ふと魔力追跡術でヴァルドラン屋敷を再確認した。
……あれ?
儀式陣は破壊したはずなのに、新たな魔力反応。
しかも、昨日より強力で、組織的。
複数の魔力が同期し、何か大きな準備をしている気配。
(これは……子爵家だけじゃない。もっと大きな陰謀か?)
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