第3話

地下室の薄暗いランプの下で、俺は再び広域魔力探知の網を広げた。


昨夜、王都方面から感じたあの黒紫の魔力反応。

今朝、もう一度確認してみたら――増えてる。

昨夜は五つか六つだったのが、今は十を超えている。しかも、散らばり方が不規則だ。

まるで、誰かが意図的に種を蒔いているみたい。


(これはマズイな。放っておいたら、王都全体が下級魔物の巣窟になるかも)


俺は小さくため息をついた。

七歳の子供が王都に行くなんて、普通ならありえない。

でも、【影の書庫】のおかげで転移魔法は完璧にマスターした。

誰にも気づかれずに往復できるはずだ。


(よし、行ってみるか。目立たないように、影から片付けてくる)


まずは準備。

【影の書庫】から『完全隠蔽のヴェール』を強化版にアップデート。

これで視覚、聴覚、魔力探知のすべてを遮断できる。

さらに、転移の精度を上げるために『空間折り畳み術』を軽く復習。


魔力を練り、地下室の空気を震わせる。

体が一瞬溶けるような感覚。

次の瞬間、俺は王都近郊の森の端に立っていた。


初めての王都。

転移の着地点は、事前に探知で選んだ人気のない場所だ。

そこから歩いて街へ入る。

……って、七歳のガキンチョが一人で歩いてる姿は目立つだろうな。

だからこそ、隠蔽魔法をフル稼働。


王都アステリアの入口は、巨大な石門。

門をくぐると、すぐに賑わいが体を包む。

石畳の道が広がり、馬車がガタガタと音を立てて行き交う。

市場の辺りは特に活気がある。

新鮮な果物の甘い匂い、焼き肉の煙の香ばしさ、商人たちの威勢のいい掛け声。

「新鮮なリンゴだよ! 一袋五銅貨!」

「冒険者さん、良い剣はいかが?」

冒険者らしき筋肉質の男たちが、革鎧を着て剣を腰に下げ、笑いながら通り過ぎる。

子供連れの家族がパン屋の前で立ち止まり、温かいパンの匂いが漂う。


(すげえな、この活気。異世界って感じ満載だ)


でも、俺の小さな体は人波に飲み込まれそう。

七歳の身長じゃ、周りの大人の腰くらいまでしか届かない。

誰かにぶつかりそうになるたび、短距離転移でスッと避ける。

貴族の屋敷街へ移ると、雰囲気が変わる。

白い石造りの豪邸が並び、庭園の花の香りが優雅に混じる。

使用人たちが忙しなく動き、馬車の音が優雅に響く。


(ここが王都か。俺の屋敷も負けてないけど、規模が違うな)


広域探知を展開。

黒紫の反応は、市内のあちこちに点在している。

路地裏、スラム街、市場の裏、下水道入口……。

最低四箇所は片付けないと。


まずは一番近い、路地裏。

隠蔽状態で近づくと、狭い路地に三匹のラット――下級魔物のネズミ型がうごめいている。

目は赤く輝き、体に黒紫の欠片が埋まっている。

近くの浮浪者が、怯えて壁に張り付いていた。


(操られてるな。こいつら、放っておくと人を襲うかも)


直接戦うのは面倒。

俺は指を軽く動かし、『幻夢の恐怖』を展開。

ラットたちの視界に、巨大な猫の群れが現れる。

古代魔獣「ナイトキャット」の幻影だ。

鋭い爪と牙、唸り声がリアルに再現される。


「チュー! チューイイイイ!!」


ラットたちはパニックを起こし、欠片を振り落として路地の奥へ逃げ散った。

落ちた欠片を『浄化の炎』でそっと焼き払う。

小さな青い炎が欠片を包み、灰も残さず消滅。

浮浪者はホッとした顔で立ち去った。

気づかれず解決。爽快だ。


(一件目、クリア。魔力消費ゼロに近い)


次はスラム街。

ここは王都の暗部だ。

ボロい木造の家が密集し、汚れた水溜まりの匂いが鼻を突く。

子供たちが遊ぶ声と、大人の諍いの叫びが混じる。

反応の中心は、廃屋の前。

狂暴化した野良犬二匹が、黒紫の欠片に操られて唸っている。

近くの子供が石を投げて追い払おうとしているが、危ない。


(子供に怪我させるわけにはいかない)


今度は『眠りの霧』を試す。

薄い霧状の魔力が広がり、犬たちを包む。

古代の安眠術を応用したものだ。

犬たちはふらりと倒れ、深い眠りに落ちる。

欠片が外れ、浄化の炎で処理。

子供たちは「犬が急に寝た!」と驚きながら去っていった。


(二件目も楽勝。こりゃ、隠れ最強って感じだな)


三番目は市場の裏側。

賑わいの影、ゴミ捨て場の辺り。

ここではゴブリン一匹が隠れ、欠片の影響で周囲の鶏を狂わせている。

鶏が暴れて、商人たちが騒いでいる。

「なんだこの鶏ども! 止まれ!」

鶏のクェックェッという鳴き声がカオスだ。


俺は『幻影誘導』を発動。

ゴブリンにだけ見える、美味しい餌の幻影を森の方向へ導く。

ゴブリンはフラフラと幻影を追い、市場から離れる。

欠片が落ち、浄化。

鶏たちは落ち着き、商人たちは「奇跡だ!」と喜ぶ。


(三件目終了。完璧すぎて自分でも笑える)


最後、四番目は下水道入口。

暗く湿った匂いが立ち込める場所。

ここではスライム状の魔物が欠片を核に膨張し、道を塞いでいる。

通行人が困った顔で立ち止まっている。


『広域浄化陣』の小型版を試す。

地面に小さな陣を描き、魔力を注ぐ。

青白い光が広がり、スライムを包んで欠片ごと溶かす。

スライムは泡のように消え、道が開く。

通行人たちは「水が引いたみたいだ」と不思議がる。


(四件目もクリア。今日の仕事はこれで終わりか)


だが、すべての欠片を処理する中で、気づいたことがある。

各欠片から、微かな魔力の糸が伸びている。

方向はすべて同じ――王都の貴族街、ある一つの屋敷の方角だ。


(これ、繋がってる……。誰かが故意にばらまいてるのか?)


不気味な予感が胸をよぎるが、今はこれ以上深入りしない。

転移で屋敷に戻る。


夕方、部屋でくつろいでいると、エマが夕食のトレイを持って入ってきた。


「お坊ちゃま、夕食をお持ちしました。今日は少しお疲れのようですね?」


エマの目が心配そうに俺を見る。

黒髪のポニーテールが揺れ、いつもの優しい笑顔だ。


「ああ、ちょっと散歩しただけだよ。ありがとう、エマ」


「散歩ですか? お一人で? 危ないですよ、レイン様。次からは私に言ってくださいね。一緒に行きますから」


俺は苦笑い。

七歳の貴族坊ちゃまにメイドが付き添うなんて、普通だけど、俺の“散歩”は普通じゃない。


「わかったよ。でも、エマも忙しいだろ? 兄さんたちの世話とか」


エマはトレイを置いて、軽く頭を振った。


「いえいえ、レイン様のことが一番心配なんです。魔力測定の後、少し元気がないように見えて……。何かお悩み事があったら、いつでも聞いてくださいね。私、昔からお坊ちゃまの味方ですよ」


温かい言葉に、ちょっと胸が熱くなる。

前世ではこんな優しい人はいなかったな。


「ありがとう。本当に大丈夫だよ。エマのご飯、いつも美味しいし」


エマは頰を赤らめて笑った。


「ふふ、嬉しいです。今日はお気に入りのスープとパンですよ。ゆっくり召し上がってくださいね。デザートのフルーツも新鮮なものを選んでみました。体にいいんですよ」


会話が長引く。

エマは世話焼きで、俺の体調や日常の小さなことを気にかけてくれる。

「最近、部屋にこもりがちですが、外の空気も大事ですよ」「お兄様方のように剣を習うのはどうでしょう?」「いえいえ、無理はなさらないでくださいね」


ようやくエマが去った後、食堂の遠くから家族の声が聞こえてくる。

長兄ガレンが剣術の話を熱く語り、次兄ユーリスが政治の策を父上に相談、三兄セドリックが商売の成功を自慢。

皆が輝く中、俺は部屋で一人静かに食べる。

この対比が、俺の望む生活だ。


夜、地下室に戻る。

今日の収穫を活かして、研究タイム。

【影の書庫】から『魔力追跡術』を引き出す。

魔力の糸を追うための上級魔法だ。

頭に知識が流れ込み、数回の練習でマスター。

次に『広域浄化陣』の本格版。

大規模な欠片を一掃できる陣形。

地下室で小型テスト――青い光が広がり、空気が清浄になる。

最後に『短距離瞬間移動の連鎖』。

連続転移で機動性を上げる技。

部屋内で試すと、体がスムーズに移動。

成功の喜びが湧き上がる。


(これで、次はもっと効率的に動ける)


ふと、魔力追跡術をあの糸に適用してみる。

王都の貴族屋敷方向へ、糸を辿る。

すると――予想外に強い魔力反応。

中ボス級、いや、それ以上の何か。


俺は息を飲んだ。


「あの屋敷……誰のものだ?」


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