カールはまだコーシィーを好きじゃなかった

ぽんぽん丸

喉の突き当りのとこってどこ?

この店ではコーシィーと言うらしい。コは喉の突き当りのとこに気管の空気をぶつけたみたいな音で、シィーはその跳ね返りコーヒーを混ぜる速さで垂れ流す感じ。


このビルは子供の頃から古かった。親は盆とか年末とかそういう時にこの辺りに買い物にきて、この商業ビルで買い物をした。その地下2階の汚い喫茶に私は入ってしまったのである。ノスタルジーが後悔を生むこともあるのかもしれない。


「ちょうど酸味のつよいコーシィー豆が入ったんですよ」


コーヒーに酸味を求めたことなんて一度もない。だけど分厚い黒縁眼鏡をかけたマスターは私に必要に進めてきた。カールじいさんみたいだ。空飛ぶ家の。日本版。


「じゃあそれで…」


判断衰弱していたから言われるままに頼んでしまった。すぐに出てきた。早く出たいなと考えていたからかもしれない。古いバリスタの機械とかドリップとか楽しんだらよかったのだけど、そんな余裕はない。


それよりも匂いが酸いい。すごい酸いい。恐る恐る口に含んでみるとまるでコーヒーにすっぱい何かを後乗せしたみたい。すごく不味い。


調和って大事なんだなと思う。これだけ不味いとこの世に存在するらしい良い酸味のコーヒーとやらを飲みたいなと思える。


「どうですか?」


カールさんは不味さの宇宙を漂う私を呼び戻した。無重力で前後不覚の私は口走ってしまう。


「まずいです…」


ああ、よくないなと思う。ダメなことを言ったからちょっと涙目になってしまう。


「ですよね。酸味の強い豆をこれでもかと酸っぱく淹れてみました」


おかしい。カールは微笑みそう言う。夢かもしれない。頬をつねるみたいにもう一度言う。


「まずいですね」

「ええ、本当に。まずいコーシィーです」


私は店内を見渡した。雑誌は数年前のもの。植物は全部偽物。足元を見る。机の脚の拭くのがめんどうなところは汚い。


「コーヒーお好きなんですか?」

「いえ、そんなに」


やっぱり変な店に入った。落ち込んでる時の判断は良くない。


「でも好きになれるかなと思って続けてます」

「好きになれる?」

「はい」


カールはにったり笑う。


780円のまずいコーヒーを飲み干して店を出た。レジは壊れて電卓だった。入口にベルはついているけど綿が詰められている。なんかあったんだろう。


年始の繁華街はただ忙しなく、私は家に帰る。怒って口も聞いてくれない妻が待っている。お互いまた好きになるために一緒に過ごそうと思う。


そのために青信号を渡る。

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カールはまだコーシィーを好きじゃなかった ぽんぽん丸 @mukuponpon

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