第24話「霧の谷」

 森を抜けた先に、深い霧が立ち込めていた。


 視界は足元しか見えず、樹木の影が揺れる。

 風のせいか、葉がざわめくたび、誰かが近づいてくるような気配がする。


「……こんなところ、久しぶりだな」

リィナが小さくつぶやく。


「油断するな」

ハルドが前を見据える。

 その背中を見て、俺も自然に肩に力が入る。

 村での出来事――ノアを守ったあの夜のことが、頭をかすめる。

 胸にまだ重さが残っている。


 霧の奥で、微かに光るものがあった。

 小さな水滴が朝の光を反射して、道標のように点々と揺れている。

 ノアがそれを見つけて、指をさす。


「兄ちゃん……あっち行くの?」


「……ああ」

俺は答える。

 恐怖はある。

 でも、進まない方が、もっと怖かった。


 谷に差し掛かると、霧はさらに深くなる。

 木々の間から、塔の影がうっすらと見えた。

 あれが、俺たちの目的地なのか。

 胸が少しずつ高鳴る。


「近づいてきたな」

ハルドが低くつぶやく。


 足元の土が湿っている。

 小石が音を立て、霧に吸い込まれる。

 ノアが俺の手をぎゅっと握る。


「兄ちゃん……怖くない?」


「怖い」

素直に答える。

「でも、助けないより進む方がずっといい」


 ノアは少し笑った。

 村で感じた胸の重さが、少し和らぐ。


 霧の奥から、冷たい風が吹き抜けた。

 森の風とは違う、異質な空気。

 塔の存在を知らせるように、肌を刺す。


「……塔の気配か」

ハルドが言う。

 俺も頷く。

 谷を越えれば、旅の本当の始まりが待っている――

 そんな予感が胸に広がる。


 霧の中で、光と影が揺れる景色を見ながら、俺は歩みを止めないと決めた。

 村での出会い、仲間との絆……すべてが、次の一歩を後押ししてくれている気がした。

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