第17話「王」

 遺跡の中は、静かすぎた。


 風の音もしない。

 崩落の気配もない。


 時間だけが、止まっている。


「……妙ですね」


 リィナが、小さく言った。


「遺跡って、

 もっと“残骸”の感じがするのに」


「ここは」


 ハルドが答える。


「放棄された場所だ」


「壊れたんじゃない」


「使うのを、やめただけだ」


 石の床には、足跡がない。


 なのに――

 誰かが最近まで使っていた気配がある。


 奥へ進む。


 円形の部屋に出た。


 中央に、石の台座。


 その上にあるのは――

 何もない。


「……何も、ない?」


 俺は、思わず口にした。


「王が消えた場所、だろ」


「玉座も、剣も、碑文もない」


「……おかしくないか」


 ハルドは、首を横に振った。


「いや」


「これで合っている」


 そう言って、

 壁の一部を指さす。


「見ろ」


 そこには、文字が刻まれていた。


 だが――

 削られている。


 意図的に。


「……誰が、こんなことを」


「世界だ」


 ハルドの答えは、即答だった。


「正確には」


「世界を維持する側の意思だ」


 リィナが、眉をひそめる。


「王を、消した?」


「いや」


 ハルドは、静かに言う。


「王という概念を、不要と判断した」


 胸が、ざわつく。


「どういう意味だ」


「この世界はな」


 ハルドは、台座を見る。


「“一人が選ぶ構造”じゃなかった」


「本当は」


 一拍、置いて。


「選ばせ続ける構造だった」


 言葉の意味が、すぐには理解できない。


「王は、役割じゃない」


「職業でも、存在でもない」


「――状態だ」


 リィナが、息を呑む。


「……誰かが、

 選択を一身に引き受けた瞬間」


「その人間は、王になる」


「そして」


 ハルドは、目を伏せた。


「選択が終われば、

 王ではなくなる」


「記録も、名も、残らない」


 背中が、冷たくなる。


「……じゃあ」


 俺は、ゆっくり言う。


「最初の王ってのは」


「“誰か”じゃない」


「何度も、違う人間がなってきた」


 ハルドは、頷いた。


「そして」


「世界は、それを不安定だと判断した」


 リィナが、震える声で聞く。


「だから……」


「だから」


 ハルドは、言葉を切った。


「王が生まれない仕組みに、

 書き換えた」


「灯主」


「魂脈」


「アーク」


「全部、その代替装置だ」


 沈黙。


 重い。


 俺は、台座に近づいた。


 触れた瞬間――

 何かが、流れ込んでくる。


 映像じゃない。


 記憶でもない。


 判断の感触。


「……分かった」


 自然に、言葉が出た。


「この場所」


「王が“消えた”んじゃない」


「王を、やめたんだ」


 ハルドの目が、見開かれる。


「……そこまで、感じたか」


「違う」


 俺は、首を振る。


「もっと、変だ」


 胸に、違和感がある。


「ここに来て」


「思い出すはずなのに」


「何も、懐かしくない」


 リィナが、俺を見る。


「それって……」


「俺は」


 ゆっくり、言葉を選ぶ。


「王だった“誰か”じゃない」


「王になりかけて――

 拒否した側だ」


 空気が、張り詰めた。


「……拒否?」


 ハルドが、低く問う。


「選択を、一人で背負うことを」


「世界を、代表することを」


「全部」


 台座から、手を離す。


「だから」


 喉が、乾く。


「世界から、外された」


 沈黙が、答えだった。


 リィナが、静かに言う。


「……だから、あなたは」


「名を、持てない」


「役割が、定義されない」


 その瞬間。


 遺跡全体が、わずかに震えた。


 怒りでも、警告でもない。


 ――戸惑い。


 ハルドが、苦笑する。


「……参ったな」


「世界が、

 “想定していない存在”だ」


 俺は、笑えなかった。


 ただ、分かる。


 これから先。


 俺に提示される自己犠牲は――

 英雄的なものじゃない。


 誰も望まない。


 誰も称えない。


 ただ、

 世界の設計ミスを

 自分で引き受ける選択だ。


 そしてきっと。


 それを、

 “正解”とは呼ばせてもらえない。

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