第18話「灯り壊す人」

 遺跡を出たあと、

 リィナはほとんど喋らなかった。


 代わりに、

 よく周りを見ていた。


 空。

 草。

 風。


 まるで、

 初めて世界を見るみたいに。


「……カイ」


 しばらくして、彼女が言った。


「少し、いいですか」


「どうした」


「一人で、

 歩きたいです」


 拒む理由はなかった。


 少し距離を取って、

 彼女の背中を見る。


 ハルドが、低く呟く。


「灯主が、

 “一人になりたい”と言うのは」


「珍しいのか」


「……いや」


「危ない」


 胸が、嫌な音を立てる。


 俺は、

 それでも追わなかった。


 ――信じた。


 リィナは、

 遺跡の外れで立ち止まる。


 胸に手を当てる。


 目を、閉じる。


 ああ、と思った。


「……リィナ!」


 走り出す。


 だが、

 祈りの姿勢じゃない。


 彼女は――

 灯りを、外に出していた。


 胸から、

 淡い光が溢れる。


 それは、

 人を救う光じゃない。


 ただ、

 温かいだけの光だ。


「やめろ!」


 俺は、叫ぶ。


「それ、戻らないやつだ!」


 彼女は、振り返らない。


「分かってます」


 声は、落ち着いていた。


「でも」


 一歩、前へ。


「私は」


「誰かの代わりに、

 立ち続けるのをやめたい」


 光が、地面に落ちる。


 草が、揺れる。


 枯れもしない。


 伸びもしない。


 ただ、

 そこに在る。


「世界を照らす役目は」


「私じゃなくてもいい」


 ハルドが、歯を食いしばる。


「……それは」


「灯主であることを、

 捨てる行為だ」


「はい」


 リィナは、頷いた。


「だから」


「これからは」


「私も、

 選びたいんです」


 光が、完全に消えた。


 空気が、軽くなる。


 世界が――

 少し、呼吸を変えた。


 何も起きない。


 雷も、地鳴りもない。


 それが、逆に怖かった。


「……止めないんだな」


 俺は、空を見上げる。


「世界は」


「止めない」


 ハルドが答える。


「止める権限を、

 もう持っていない」


 リィナが、こちらを見る。


 顔色は悪い。


 でも、目は澄んでいる。


「ごめんなさい」


「……何がだ」


「あなたが、

 名を持てない理由」


「少し、分かった気がして」


 胸が、締めつけられる。


「似てるんです」


「あなたと、私」


「どちらも」


「役目を断った」


 その言葉は、

 妙に分かりやすかった。


 だからこそ、

 重かった。


 ハルドが、静かに言う。


「これで」


「灯主は、

 正式に存在しなくなった」


「世界は、

 別の形で均衡を取ろうとする」


 俺は、リィナを見る。


「後悔してるか」


「……少し」


 正直な答え。


「でも」


「自分の足で立ってる感じがします」


 それで、十分だった。


 俺は、決める。


 ――もう、

 誰かに“役”を背負わせない。


 世界が、

 勝手に形を変えるなら。


 俺は、

 人のまま、抗う。


 その選択が、

 誰にも理解されなくても。

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