第3話 雨男、本領発揮。

 俺は半ば放心状態でウーアレーゲンマンこと、俺の推しアイドル・ユミリンに案内されたカフェへと向かった。

 落ち着いたレトロな雰囲気のカフェというか、喫茶店という方が正しいか。

 ユミリンはそこの常連なのか、マスターに二言三言何か伝えると、店の奥にある窓が無い半個室になっている席に案内された。


 アイドルと男二人きりだ。誰かに見つかって変な噂をされたら困る。だけど、反対に初対面の俺と二人きりなのに、この席にしてくれたのは、きっとユミリンが俺を信用してくれてるからだと考えると、ゲーム内とはいえ信頼関係が出来ていて良かったと、俺はこっそり息を吐いた。


「とりあえず、お腹空いてない? ここ、軽食も全部美味しいから、どれ頼んでもハズレ無しだよ」


 そう言いながら、黒帽子とマスクを外すせば、はい! 美女登場!! 眩しいっ! 目がヤられるっ!

 直視出来ず、俺は思い切り下を向いてメニューに視線を走らせた。

 お互いに注文の品を決めオーダーを済ませると、ふふ、と小さく笑い声が聞こえた。


「そんな緊張しないでよ。私もまぁ、そこそこ緊張はしてるけど、そこまでガチガチだと困る」


 全く緊張感など伝わって来ない声で言われ、俺は恐る恐る顔を上げる。眩しっ!!


「俺、ウーアさんは俺より年上のお兄さんだと思ってたんです……ゲーム内では『僕』って言ってたし、完全に男だと思ってました」

「まぁ、オンラインゲームって、女の子のアバターだと変なの来るから。それで男のアバターにしてたんだ」


 でも、まさか年上と思われていたとは……小さな声で聞こえた気がするけど、俺はそこをスルーした。実際、ユミリンは俺の2個上だけど、女性に年齢差を言うのは失礼な気がして。


「確か、妹も同じこと言ってました」

「なのに、君は女の子アバターだよね?」

「妹に作られたんですよ……素材集め手伝えって。元々、俺はそんな乗り気じゃ無かったけど、やってくうちに楽しくて……今はウーアさんのおかげで、毎日楽しくやれてて……あの、いつも忙しい中で相手してくれてたんですよね、本当にありがとうございます!」


 テーブルに額が当たるギリギリラインまで頭を深々と下げれば、ユミリンは声を上げて笑い「やめてよ」と言う。


「ゲームは私にとって息抜きだったし、ユミッチと仲良くなってからは、私も本当に楽しんでるんだよ? 話も合うし……」

「あの……俺がユミリンのファンだって知っても変わらず相手してくれたのは、なんでですか? しかも、会うのも了承してくれて……」


 いつだったか、俺のアバターについて好きなアイドルに寄せて作ったと話た事がある。その時、名前もそのアイドルが由来だと話ていた。その時点で、自分の事だと気が付いた筈だ。


「んーー。なんと言うか。この人は、悪いファンじゃないなって気がしたのよね。ゲーム内でもそうだったけど、距離感がちゃんとあって。ルールも守れて。この人は、ちゃんと節度あるファンだって思ったんだよね。話してくうちに、すごく良い子だなぁって。話も合うし、それで会っても良いかなって思ったの。まぁ、男でしたっていうのは、予想外だった。アバターでは、ちゃんと女の子やってたもん」


 そう笑うユミリンに、俺は「当たり前ですよ!」と思わず大きな声で言う。


「だって、大好きなアイドルに寄せて作ったアバターですよ? それで変な言葉遣いとか、変な行動なんて絶対したくない! アバターとはいえ、俺にとっては大事な女の子です!」


 俺の言葉にユミリンは一瞬呆けた顔をしたが、すぐに満面な笑顔を見せて笑う。


「そういう感じが、信頼出来ると思ったの!」


 その言葉に俺の顔はどんどん赤くなっていくのが分かった。


「あ、ありがとう、ございます」


 注文した物がテーブルに並び食べ出した頃には、ユミリンの朗らかさのおかげで俺の緊張も徐々にほぐれ、ゲーム内で会話していた時と同様にリラックスして話が弾んでいった。

 俺達は別の場所へ移動する事なく、そのまま喫茶店でクエストを行ったり、レベル上げに行ったりして、オフ会を楽しんだ。

 すると、彼女の鞄から別のスマホの着信音が聞こえた。


「ああ、ごめん。仕事用のスマホ。ちょっと出ても良い?」

「はい、もちろん」


 彼女は、ごめんねと言いながら席を立ち、店の更に奥へと行ってしまった。

 俺は思わず深く息を吐き出した。疲れたわけじゃない。この夢の様な時間が現実だと思うと、歓喜の声すら上げたくなる。それをグッと我慢したら深い息を吐き出していた。だからこれは、歓喜のため息だ。


「ごめん、今日は夕方までオフだったんだけど、この後、仕事が入っちゃって。近くまで迎えの車が来るみたいだから、行かなきゃ。本当にごめん」


 彼女が申し訳なさげに戻って来ると、俺は勢いよく立ち上がり「いえ、大丈夫です」と答えながら帰り支度をする。


「こちらこそ、貴重なオフに時間を割いてもらってすみません」

「謝らないでよ。誘ったのは私だし。会えて楽しかった! ありがとう」


 ユミリンの心遣いに俺は感動して、思わず目が潤む。


「こちらこそ、ありがとうございます!」


 会計を済ませ店を出れば、空には微妙な色の曇が集まりだしている。


「なんか、怪しげな雲行きですね……。ウーアさん、傘持ってますか?」

だよ? 当然。どんな時でも折畳傘持ってます!」

「さすがです!」


 そう言うと、俺達は顔を見合わせ笑った。


「あの……ウーアさん」

「ん? なに?」

「……もし、よかったら、友達になれないかなって……。その、また会ってもらえません、か?」


 おずおずと訊ねれば、完全武装した彼女が黙ったまま真っ直ぐ俺を見上げる。


「あ! いや、ごめんなさい! 調子に乗りました! これからも応援してます! ずっとずっと大好きです!」


 彼女の返事を待たず、思わず慌てて取り消せば、黒帽子と黒マスクの隙間から見えている大きな瞳が、一瞬悲しげになった。……気がした。すると、上空からゴロゴロと不穏な音が。


「謝らないでって言ってるのに……。ねぇ、ユミッチ、君の本名を教えて?」

「え、本名、ですか? えっと、実はウーアさんの名前ですよ」

「私の、名前?」


 コテンと首を傾げる彼女に、俺は心の中で『可愛いぃ』と悶絶しつつ笑いながら答える。


「俺の名前は、時雨しぐれです。梶谷時雨かじたに しぐれ

「かじたに、時雨くん……うん。覚えた。これでもう、友達だね」


 推しにフルネームで呼ばれたっ!! しかも友達認定って!!

 すると、俺の心の衝撃に合わせてドカンと雷が落ちた。と同時に土砂降りの雨。ゲリラ豪雨だ!


「うわ! 来た! ウーアさん、こんな時に本領発揮しないでくださいよ!」


 笑いながら言えば、彼女が俺の腕をグイッと引っ張った。そして、マスクをずらしそっと囁けば、俺の耳元に柔らかい息が掛かる。


「天気は私の気持ちに反映している。私がいま、どんな気持ちか分かるでしょ?」


 すっと彼女が離れ、マスクを戻すと同時に彼女の仕事用のスマホが鳴った。軽く返事をして直ぐに通話を切る。そして、鞄から傘を取り出すとくるりと俺に向き直った。


「また会おうね、時雨くん。ゲームでも……もちろん、リアルでも。じゃ、迎えが来たみたいだから行くね!」

「え!? あ、はい! また! 気を付けて!」


 俺はあっという間に去って行った彼女の後ろ姿に、雨の中に幻でも見ていたのかと思った。

 しばらく放心状態で店の軒先で雨宿りしていると、マスターに「傘をお貸ししましょうか?」と声を掛けられた。俺はそれを断り、空を見上げ、彼女の最後の言葉を思い出す。


「どんな時に降るのか……」


『――僕が楽しみにしている気持ちや嬉しい気持ちが大きければ大きいほど、大雨でね――』


 俺は顔が一気に熱くなる。思わずニヤける口元に手を当てて、雨を見る。


「マジか……」


 そう呟き、少し雨足が弱くなった雨の中、俺は傘もささず濡れながら駅へと向かった。いつもなら、濡れるのが嫌だと思うのに、今日はちっとも思わない。

 これは、彼女の喜びが溢れた結果なのだ。正直、俺の言葉のどの部分が、彼女の喜びに触れたのか分からない。でも、その思いを浴びて帰る。その事実を知るのは俺だけなんて、幸せすぎる。

 俺達は、これからもゲーム内では良き仲間であり、リアルでは全力で応援する大好きな推しであり……そして大事な友達。

 その喜びを胸に、徐々に小降りになる空を見上げれば、見事な虹が空いっぱいに弧を描いている。俺はそれを見て、呟いた。


「彼女は雨に愛されすぎている」


  終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女は雨に愛されすぎている 藤原 清蓮 @seiren_fujiwara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画