恋とスパイスと、歪な情熱

「はい、これ。約束の試作品」


翌日の昼休み。

僕は、昨日から仕込んでおいた二段重ねのお弁当箱を、朝日さんの机に置いた。


周りのクラスメイトたちが「何それ?」「夜宮、が朝日さんとお昼?」


と色めき立つが、彼女はそれ以上に目を輝かせている。


「わあ、本当に作ってきてくれたんだ! 開けてもいい?」


「……うん。口に合うか分からないけど」


彼女が慎重に蓋を開けると、そこには彩り鮮やかな世界が広がっていた。


メインは、昨日図書室で話題に出た「肉じゃが」。


ただし、ただの家庭料理じゃない。


面取りを完璧に行い、味が芯まで染み込みつつも煮崩れていない、僕の技術の結晶だ。


「すごーい……! 宝石箱みたい。これ、本当に夜宮くんが作ったの?」


「まあね。栄養バランスも考えたつもりだよ」


彼女は割り箸を割ると、真っ先に肉じゃがを口に運んだ。


もぐもぐと咀嚼し、一瞬の間。


彼女の瞳が、パッと花が開いたように見開かれた。


「……んーっ!! 美味しい! 何これ、お出汁がすっごく優しいのに、コクがあって……私、こんなに美味しい肉じゃが初めて食べた!」


彼女の「初めて」をもらえた。


その事実に、僕の胸の奥が熱くなる。


クラス中が「一口ちょうだい!」と群がってくるが、彼女はお弁当を抱え込むようにして、「ダメ!

これは夜宮くんが私のために作ってくれたんだから!」と頬を膨らませた。


その言葉に、僕の独占欲が静かに満たされていく。


「……朝日さん、そんなに急がなくても。まだおかず、あるよ」


「だって、美味しすぎるんだもん! 夜宮くんって、本当に天才だね。私、毎日これが食べられたら、一生幸せかも」


まただ。


彼女は、僕がどれほど重い気持ちでその言葉を受け取るか、微塵も気づいていない。


「一生幸せ」なんて言葉を、こんなに無防備に投げつけないでほしい。


「……じゃあ、毎日作ろうか?」


僕が少しだけ真剣なトーンで混ぜ返すと、彼女は驚いたように手を止め、僕を見上げた。


「えっ、いいの!? でも、それじゃ夜宮くんが大変だよ。私、お返しできることなんて、ないし......」


「いいよ。僕は、君が美味しそうに食べてくれる顔が見たいだけだから」


これは嘘じゃない。


でも、純粋な善意だけでもない。


君の味覚を、僕の作る味で支配してしまいたい。


他の誰かが作った料理じゃ満足できない体に、作り変えてしまいたい。


そんな真っ黒な情熱を、僕は「優しいクラスメイト」の仮面で隠し、穏やかに微笑んだ。


「……夜宮くん、なんか今日、いつもより大人っぽいね」


彼女が不思議そうに首を傾げる。


僕の指先は、彼女の口元についた小さな胡麻を拭いたい衝動を、必死に抑えていた。



「おいおい夜宮、お前いつから、朝日さんと仲良くなってるんだよ。話しかけるのでさえ、緊張してたのによ」


後ろの席から、ガタッと椅子を鳴らして佐藤が身を乗り出してきた。


彼はバスケ部特有の遠慮のなさで、僕の肩に腕を回してくる。


「ちょっと、佐藤くん! 近いってば!」


朝日さんが、まだ頬に肉じゃがを詰め込んだまま抗議する。


「朝日、これ見ろよ。このニンジンの飾り切り、エグくないか? コンビニの弁当ばっか食ってる俺らからしたら、もはや芸術作品だわ」


「でしょ!? 夜宮くん、本当はプロの料理人を目指してるとか?」


隣の席の女子、高橋さんも加わって、僕の机の周りはちょっとした騒ぎになっていた。


「ただの趣味だよ」と僕は苦笑いして受け流すが、内心では、彼女の食事を邪魔するノイズに少しだけ苛立ちを感じる。


(褒め言葉なんていらない。僕を評価するのは、彼女だけでいい。……次はもっと、人が少ないところで食べてもらうか。そうすれば、誰にも邪魔されずに君を観察できる)


「……なぁ夜宮、明日俺の分も作ってきてくんね? 課題代わりにやってやるから、どうだ!」


佐藤が冗談めかして言った瞬間、朝日さんがバッと両手を広げてお弁当を隠した。


「ダメに決まってるじゃん! これは夜宮くんが、私にだけ作ってくれた『特別』なんだから! 佐藤くんは購買の焼きそばパンでも食べてなさい!」


「うわっ、怖。朝日、独り占めかよ。ケチだなぁ」


佐藤は肩をすくめて笑いながら自分のグループへ戻っていった。


高橋さんも「はいはい、ご馳走様。愛が重いわねぇ」と茶化しながら離れていく。


(そうだ、佐藤。これは彼女だけのものだ。一滴の出汁さえ、お前たちに分けるつもりはない)


嵐が去った後のように、一瞬だけ訪れた二人だけの空気。


「……あ、ごめん。私、ついムキになっちゃって」


朝日さんは少し顔を赤くして、所在なげに箸を動かした。


「特別」という言葉が、彼女の口から出た。


クラスメイトの冷やかしなんて、僕にはどうでもいい。


彼女が僕の料理を守ろうとしてくれた、その事実だけで十分だった。


「いいよ。僕も、他の誰かに食べさせるつもりはないから」


僕の声がいつもより低く響いたせいか、朝日さんは一瞬だけ箸を止め、不思議そうに僕を見つめた。


「夜宮くんって、たまにすごく……独占欲、強そうだよね?」


ドキリとした。


見透かされているのか。


けれど、彼女はすぐに「あはは! でもそういうところ、男らしくていいと思う!」と、また太陽のような笑顔で笑い飛ばした。


(いいと思うんだね。なら、後悔しないでよ。君の「美味しい」も、その笑顔も、全部僕が独占するんだから)

僕は静かに、彼女が最後の一口を飲み込むのを、ただ見守っていた。


彼女はまだ知らない。


僕が隠している、この「大人っぽさ」の正体が、どれほど深く彼女に執着しているのかを。

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