隣の美女の胃袋は掴めても、恋心は掴めない!?
あおざかな
プロローグ
窓から差し込む朝の光が、誰もいない教室の机を白く照らしている。
「おはよう、朝日さん」
僕が少し緊張混じりの声をかけると、彼女は手に持っていたホウキを止め、こちらを振り向いた。
「おはよう! 夜宮くん!」
弾けるような笑顔。
ウェーブのかかった明るい髪がふわりと揺れ、耳元のピアスがキラリと光る。
朝日葵陽(あさひ ひなた)。
その名前の通り、彼女はクラスの太陽だ。
少しギャルっぽい派手な見た目とは裏腹に、彼女の瞳はいつも真っ直ぐで、濁りがない。
「夜宮くん、今日も早いね? まだ七時だよ?」
「朝日さんこそ。毎日こんなに早く来て、何してるの?」
彼女は少し照れくさそうに、でも誇らしげに胸を張った。
「私は毎朝、教室の掃除をするの。教室が綺麗だと、心までシャキッとして気分も良くなるからね!」
見た目は華やかなのに、誰も見ていないところで徳を積むような優等生すぎる振る舞い。
そのギャップに、僕はもう何度も撃ち抜かれている。
「……僕も手伝うよ。一人より二人の方が早いでしょ?」
「えっ、いいの!? ありがとう、夜宮くん。すっごく助かる!」
彼女が浮かべたのは、営業用のスマイルじゃない、子供のような満面な笑みだった。
二人きりの教室。
カツカツと床を叩く箒の音と、時折混ざる彼女の鼻歌。
「夜宮くんって、意外と几帳面なんだね」
「そうかな」
「うん、隅っこのホコリまでしっかり見てる。
かっこいいじゃん!」
さらっと、そんな風に人を褒める。
彼女には自覚がないんだろうけど、言われた方は心臓が保たない。
掃除が終わる頃には、僕の額には薄っすらと汗が浮かんでいた。
「お疲れ様! はい、これ」
彼女が差し出してきたのは、冷えたスポーツドリンク。
「あ、ありがとう」
「いいえ! 手伝ってもらったお礼だよ」
二人で窓辺に並び、飲み物を口にする。
冷たい感触が喉を通り抜けるけれど、彼女との距離が近すぎて、僕の体温は上がる一方だった。
やがて、遠くから足音が聞こえ始める。
「おはよー……。お、二人とも早えな」
クラスメイトが一人、また一人と教室に入ってくる。
「おはよう!」といつものマドンナの顔で挨拶を返す彼女。
……もう少し、このまま二人の時間が続けばいいのに。
僕は自分の席に座り、カバンから一冊の本を取り出した。
それは、最近読み耽っている料理の本。
僕は料理が好きだ。
単に空腹を満たすためじゃない。
厳選した食材を、最適な温度と時間で、理想の味へと形作っていく。
その緻密で論理的なプロセスが、たまらなく好きなんだ。
それに、自分の作ったものを誰かが「美味しい」と食べてくれる瞬間の、あの無敵になれるような充足感。
彼女は「食べる専門」だと言っていた。
(いつか、彼女に『美味しい』って言わせたいな)
胃袋さえ掴めれば、この遠すぎる恋心も、少しは彼女に届くのだろうか。
ページを捲る僕の指先は、まだ彼女と触れ合った掃除用具の感触を覚えていた。
放課後の図書室。
僕は、朝読んでいた料理本の続きを捲っていた。
「……肉じゃがは、一度冷ますと味が染みる、か。」
「何見てるの? 夜宮くん」
不意に横から顔を覗き込まれ、心臓が跳ね上がる。
そこには、さらりと短い髪を揺らした朝日さんがいた。彼女の甘い香水と、古い紙の匂いが混ざり合う。
「あ、これ?『絶対に失敗しない、家庭料理の作り方』って言う、料理本 」
「へぇー!。夜宮くん、料理するの?」
「まあ、そこそこね......朝日さんは?料理作るの?」
「私? 私は食べる専門! お母さんの手伝いはたまにするけど、自分で作るのは苦手かなぁ」
彼女は照れくさそうに笑う。その笑顔を見て、僕の心にある無謀な計画が浮かんだ。
「じゃあ……もしよかったら、今度僕が作ったもの、食べてみない? 試作品で良ければ、だけど」
「えっ、本当に!? 夜宮くんのご飯、食べてみたい!」
朝日さんは身を乗り出して喜んだ。その瞳に嘘はない。
けれど、彼女の「食べてみたい」は、あくまで友達としての好奇心なのだと、僕のどこかが冷静に告げていた。
彼女はあくまで「友達」として、僕の料理を楽しみにしてくれている。
でも、彼女は知らない。
隠し味に込めた、僕の重すぎるくらいの独占欲を。
「……絶対に、美味しいって言わせてみせる」
閉じた料理本。
その表紙を握りしめる僕の指に、少しだけ力が入った。
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