第3話
◇
月日がめぐり、行商人がやってきた。しかし、以前より持って来た品物が随分と少ない。
「いやあ、王都はいま大混乱でして」
行商人の話では、各地で災害が相次いでおり、一部地域では紛争も起きているという。そのため各地域の物流が滞り、ここに来るまでに寄った村々で品物が売れすぎてしまったそうだ。
空を見上げたが、元々ここ最果ては結界が薄い場所なので、結界そのものが弱まっているのかどうかは分からない。
ふと、王太子の執務室で寄り添い合っていた二人が頭によぎる。
神殿と王太子が『真の聖女』と認めたアンジェリーナ様からは、聖魔力をまったく感じなかった。
だからこそ、こうなることはある程度予想していたが、自分を引き摺り下ろしてまで『真実の愛』を選んだのだ。その責任は自分たちでとってもらわなければ困る。
もう、私には関係のないこと。
そう思っていた数日後、王家からの使者がやってきた。
「……再度婚約したい?」
「はい」
「『真の聖女』であるアンジェリーナ様がいらっしゃるはずでは?」
「彼女はその……亡くなりました」
神殿で聖女の祈りを捧げている最中に地震が起き、女神像が崩れてその下敷きになったらしい。
滅多なことで壊れるはずのない女神像が、地震程度で崩れたという事実は信じ難いことだった。
「私は神殿に『聖魔法を失った者』として追放された身です。私が戻ることは難しいでしょう」
正式に戻るとなれば、神殿側が間違った判断を下したと認めなければならないが、プライドの高い彼らがそんなことをできると思えない。それに大々的に『聖魔法を失った者』と世間に喧伝した以上、自分が戻っても民衆への心象は悪いはずだが――。
「そこはご安心ください! その長い髪を切り、姿を変えて別人として戻れば、誰もロザリア様とは気付きません! 王太子殿下も別人のように扱うとおっしゃってて……」
「髪を切れですって!?」
使者の言葉にキアラが憤慨する。この国の女性にとって、髪は命のように大事なもの。それを切ってまで王太子の尻拭いをしなければいけないなんて。
私は王家からの手紙を、使者の目の前でビリビリと破り捨てて言った。
「私はロザリアであり、別の誰かになるつもりもありません。お引き取りください」
◇
王家の使者を追い返して以降、月に一度行商人がやってくる程度の場所だった『最果ての修道院』に、頻繁に手紙や使者がくるようになった。
特に実家からはひっきりなしに手紙が届く。
『戻ってきて欲しい』
『このままでは家が取り潰される』
私をここに追放した実家には、王家が圧力をかけているらしい。戻ってくれば、好きなものを買ってあげるとか、美味しいものを食べさせるといった内容ばかりで、私はただただ閉口して無視をした。
この地で食べたものは、王都のものより美味しいし、宝石も服も、ここでは必要ない。
そうして無視を続けていたら、ついに招かれざる客がやって来てしまった。
「た、大変です! 王太子殿下がいらっしゃいました!」
修道院の応接室に通し、キアラやミケーレ兄様同席のもと、私は彼と対面する。
応接室の向かいの席にはステファノ殿下が座り、その後ろに護衛としてついてきたのか、トマス卿が控えていた。
「まったく、このような場所にいるとは思わなかったぞ。お前にはトマス卿との婚姻を命じたはずだろう!」
厚顔無恥とはこのような顔だろうか。
そんなことを思いながら、私はただただ事実を述べる。
「トマス卿には婚姻を断られましたので」
「も、申し訳ありません! 聖女様との婚姻など、私には勿体ないお話でしたので」
慌てたようにトマス卿が頭を下げた。
「それに、殿下を深く愛されている方を、私などが幸せにできるとは思えませんし、一介の聖騎士が聖女様を妻にいただくなど、分不相応なのでお断りしたまでで……」
「……『聖女』でなくなった者を守ることは出来ないと、ハッキリ仰っていたはずですが?」
私が言われたままの言葉を口にすると、トマス卿は気まずそうに口を閉じる。
「私は神殿から正式に『聖魔法を失った者』と断定され、この地にいるのです。どうぞ新しい『真の聖女』をお迎えください」
「神殿の判断が間違っていたことは、しっかり撤回させる! 聖女不在のこのままでは、国が滅んでしまうのだぞ? ワガママなど言わずに戻ってこい!」
「――ワガママ、ですって?」
不遜すぎる言葉に、私は殿下をジロリと睨め付ける。
「対して調査もせずに私を『聖女』から引きずり落とし、『真実の愛』に目覚めたからとワガママを言って婚約破棄したのはそちらが先でしょう?」
「だからそれを謝っているではないか!」
口先だけでも謝ればいいと思っているこの愚かな男が次期国王では、この国の未来はもうない。
私は深いため息を吐いた後、仕方がないので事実を伝えることにした。
「申し訳ありませんが、私も『真実の愛』に目覚めましたので、殿下との婚姻はお受けできません」
「な、なに? まさかその従兄と!?」
「貴様、神父でありながら、聖女様を誑かしたのか!?」
殿下とトマス卿がミケーレ兄様を睨みつける中、私は首を横に振る。
「いいえ。私の『真実の愛』は、こんな私を最後まで信じ、愛し、このような最果てまでついてきてくれた、キアラですわ」
私はすぐ側に控えるキアラを仰ぎ見て、二人でにっこり微笑み合った。
「ここにはドレスも宝石も、豪華な食事もありませんが、穏やかで愛に満ちた時間があります。私はもう、欺瞞や虚栄、偽りの愛に興味はありませんの」
そう言って私は指を組むと、短い詠唱を終える。組んでいた手を広げると、聖なる光を圧縮した珠がそこに浮いていた。
「その魔法は、まさか!」
殿下たちが驚く間もなく、聖なる光はパァッと一気に広がり、修道院をゆっくりと取り囲むと、応接室にいた殿下とトマス卿を外へ追い出す。
これは聖魔法による『聖結界』。
本来は発動者に対して害意があるものを排除し、侵入を阻む魔法だ。修道院の外へ出ると、案の定、殿下とトマス卿は結界の外で中に入れろと騒いでいる。
私は結界の内側から二人に向かってこう言った。
「もともと支援のないこの最果てでは、国なんて関係ありません。私が戻らなければ国が滅ぶというのなら、どうぞ、勝手に滅んでください」
◇
王太子の訪問以降、手紙も使者もぱったり来なくなった。
月に一度やって来る行商人の話では、国内は戦況が悪化し、一部地域では疫病が流行るなど、散々な状況らしい。
ルオーゴ国内を主に巡っていた行商人も、ルートを変えて隣国を中心に回るようになっていた。
しかし『最果ての修道院』では、持ってきてくれる調味料や食材に異国のものが混ざるようになった程度で、大きな変化はない。
行商人が隣国を回るようになったことで、国内の状況は分からなくなったが、最果ては穏やかなままだ。
そんな生活が数年続いたある日。隣国アルバからの使者がやってきた。
使者は張ったままにしていた修道院周辺の聖結界を難なく越えてきたので、私は応接室で出迎えるミケーレ兄様に、キアラと共に同席する。
「このような辺境の修道院にどのようなご用ですか?」
「つい先日、この地域は我々アルバの管轄となりましたので、居住している人数などの把握に参りました」
「なるほど、ルオーゴは滅んでしまったのですね」
「はい、先の大陸戦争で我々が勝利し、正式にこの地もアルバ国になりまして。……元ルオーゴ国の方には気の毒なことですが」
少し申し訳なさそうに言う使者に、私はにっこり笑ってみせた。
「いえいえ、こちらは何の問題もございません。私たちは今までもこれからも、この地で穏やかに過ごせれば、それだけで幸せですから」
数ヶ月後、行商人に頼んでおいた地図が届き広げてみると、そこにはもうルオーゴ王国の文字はなかった。
〈了〉
どうぞ、勝手に滅んでください。 黑野羊 @0151_hitsuji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます