第2話

 ◇



 神殿から正式に『聖魔法を失った者』と烙印を押され、王太子と聖騎士にそれぞれ婚姻を拒絶された私を、両親はひたすら『役立たず』だと罵った。

「これまで育ててやったというのに、恩知らずな奴め」

 白銀の髪に紫の瞳を持つ私は、八歳で聖魔法の適正があると分かるまで、茶色の髪に碧い目を持つ両親のどちらにも似ていないという理由から冷遇されていた。聖女候補として修行のため神殿と家を往復するようになり、国からいただける莫大な報奨金は全て両親のものとなったが、それでも彼らに育ててもらった『恩』を返すには足りなかったらしい。

「お前のような恥知らずは『最果ての修道院』に行ってしまえ」

 国の最北、国境近くの辺境にある『最果ての修道院』は、王都から一ヶ月以上かかる場所にある不遇の土地。聖女の祈りによる恩恵も届きにくく、作物も育ちにくい痩せた土地のため、人口の少ない寂しい場所らしい。そんな場所のためか、王都の罪人を追放する先として選ばれる場所でもある。


 そうして私は、両親に実質の『追放』を言い渡された数日後、『最果ての修道院』に向かう馬車に揺られていた。

「――あなたまで来なくてよかったのに」

「いいえ。私がお嬢様のお側にいたいんです」

 婚姻を二度も拒絶され、実家からほぼ身一つで追放された私に、小さい頃からの専属侍女であるキアラがついてきたのである。

「これまで国のために尽くしてきたお嬢様に対して、本当にひどい仕打ちです! 旦那様も奥様も、お嬢様の報奨金で散々贅沢をされてきたのに!」

 キアラはずっとこんな調子で、私の代わりに怒ってくれていて、それを見ているだけで、なんだか妙に救われた気持ちになった。

「でも、もし自分から王都を出ることになっても、きっと『最果ての修道院』を選んでいたと思うわ」

「それは『ミケーレ様』がいらっしゃるからですか?」

「ええ」

『最果ての修道院』の神父は、父方の従兄でもあるミケーレ兄様だ。

 辺境にありながら国内で最も古い修道院である『最果ての修道院』は、その存在価値の高さから放置することもできないため、歴代の聖女を輩出するほど聖魔力の強いネーヴェ家の血縁者が神父を勤めている。

 ミケーレ兄様も強い聖魔力を持っており、彼が赴任してからは一度も王都に戻ってきていない。

 街から町へ、村へと移動し、時折野営もしながら最北の地に着く頃には、出発から一ヶ月以上が経っていた。

 国境でもある巨大な山脈を背景に、広大で何もない荒野。その端に、古びた修道院が見える。

 最果ての修道院に到着すると、ミケーレ兄様があたたかく迎えてくれた。

「お兄様、ご無沙汰しています」

「遠くまでよくきたね、ロザリア」

 銀糸の髪に深い青の瞳を持つミケーレ兄様は、幼い頃に会った時と変わらない笑顔で、ロザリアをぎゅっと抱きしめる。

「長旅で疲れただろう。お腹は空いてないかい? 旅装を解いたら食堂においで」

 修道女に案内された部屋に荷物を置き、食堂へ向かうと、温かいパンとスープでもてなしてくれた。

「ここは不遇の土地と言われている通り、王都とは違ってこんなものしか出せないんだ。申し訳ないね」

「いいえ、パンもスープも温かくて、とても美味しかったですわ」

 王都から辺境のこの土地にくるまで、たくさんの窮状を目にしてきた。実際、温かくて美味しい食事を食べたのも久々だ。

 それに比べたら、この修道院はまだ豊かに見える。しかし、修道院の中を走り回る孤児たちの腕の細さからは、全く足りていないことが窺えた。

 自分がもっと王太子に辺境の改善を訴えられていたら、ここや道中の村々も、もう少し豊かに出来たのではないか。

 歴代最高の聖女などと言われながら、自分が成せたことは何かあったのだろうか。

 突然、心にぽっかりと穴が空いたような、そんな気持ちになってしまった。

「――ロザリア」

 呼ばれてそちらを見ると、兄様は全てを見透かしたような、優しい笑顔でこう言った。

「これまで大変だったね、ロザリア。でも、もう頑張らなくてもいいんだよ」

「……はい」

 殿下に婚約破棄を言われた時も、トマス卿に婚姻を断られた時も、両親に追放を言い渡された時ですら出てこなかった涙が、今になってようやく溢れた。

 そっと肩を抱くキアラの手を握り締め、私はただただ静かに泣いた。



 ◇



 修道院での生活は、驚くほどに穏やかだった。

 街や村は遠く、商店もなく、行商人も月に一度来るだけ。毎日の食事を確保するために畑を耕し、家畜の世話をし、洗濯も自分たちで分担して行っている。

 ここには、不要とされ捨てられた孤児たちと、王都を追放された者たちしかいない。

 かつて貴族だった者も平民も、みな身分関係なく協力し合っていた。

 ちなみに私の部屋は、キアラと二人部屋。

 私は全然問題なかったのだけれど、キアラは最初随分と遠慮していた。

「キアラ。私はもうお嬢様でも聖女でもない、あなたと同じただの修道女よ。だから大切なお友達として接して欲しいわ」

「分かりました、ロザリア様」

「もう、敬称も要らないのに!」

「すみません、こればかりは譲れません!」


 修道院に身を寄せるのは罪人が多いと聞いていたが、ここの修道女たちはみな朗らかな人ばかりで意外だった。ミケーレ兄様にそのことを尋ねると、理由は随分とあっさりしていた。

「ここには本当の罪人なんて殆ど残っていないよ。居たとしても、みんなここでの生活に耐えられず、国境を越えようと山に行ってしまうんだ」

 ミケーレ兄様はそう言って、国境に連なる巨大な山脈を指差す。

「山に行った人たちは?」

「さぁ? どうなったんだろうね」

 越えるだけでも大変なこの山脈は、天然の防壁だ。だからこそ攻め入れられることは殆どなく、越えようと考えるなど愚の骨頂といえる。

 たとえ無事に越えられても、山の向こうは敵対国。無事でいられるはずもない。

 遠く連なる山々を眺めていると、子どもたちがやってきた。

「ロザリア様! 今日は収穫日だよ!」

「一緒に行こう!」

 子どもたちと一緒に畑に向かうと、キアラがすでに土まみれになって芋を掘っている。

「まぁ、キアラ。成果はどう?」

「ロザリア様、見てください! こんなに大きいのがたくさん!」

 キアラの指差した畑の隅には、ここに来た頃には見ることのなかったサイズの芋がゴロゴロと積まれていた。

「うわー、豊作だぁ!」

「お芋いっぱい!」

 子どもたちが嬉しそうに芋の山を囲んで踊り出す。

「ロザリア様が『祝福の光』をかけてくださったからかもしれませんね」

「そっか! ありがとう、ロザリア様」

 聖女だった頃、結界を維持するための祈りを捧げる際、不作や疫病の蔓延る地域には『祝福の光』を届けていた。

 けれど、聖女にとってそれはやって当たり前の行為だったからか、感謝されることはなく、こうして喜ばれるのは本当に嬉しい。

「……どういたしまして!」

 その後は修道院のみんなで収穫し、大量の芋料理をお腹いっぱいになるまで食べた。

 夜、窓辺に座って星を眺めていると、キアラが白湯をもってやって来た。

「どうされました?」

「祈って、働いて、食事をして。王都にいた頃と、何ら変わらないことをしているはずなのに、すごく満たされた気持ちなの」

 窓から見える、たくさんの星のように、胸の中いっぱいに星が瞬いているような気分だ。

「食事なんて、屋敷やお城で食べていた時よりも粗末なものだし、仕事だって増えたはずなのに、ちっとも嫌ではないの。不思議ね」

 王都で過ごしていた日々が、まるで遠い昔のよう。

「……キアラは、ロザリア様がそのように微笑んでくださるだけで、とても幸せです」

 キアラの微笑む顔に、私も心からの笑顔を返した。

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