どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊

第1話

「聖女様、お時間となりました。お願いします」

「わかりました」

 神官に促され、真っ白な祭壇の最上段にあがったわたくしは、こちらを見下ろす女神ステラ像に向かって膝をおり、祈りを捧げる。

 私、ロザリア・ネーヴェは、伯爵家の令嬢でありながら、大陸中央にあるルオーゴ王国の聖女だ。この国は外敵の侵入を防ぐ『聖結界』で全体を覆っており、こうして週に一度、聖女である私が祈りを捧げながら、聖魔力を注ぐことで維持している。

 代々聖女を輩出してきたネーヴェ家に生まれ、膨大な聖魔力を持つ私は、魔力を鍛え、勉学に励み、今では歴代最高の聖女となった。

 祈りを終えて祭壇から降りると、すぐに文官や神殿関係者に取り囲まれる。

「聖女様、東方の川が氾濫し作物に影響が!」

「西方の村では疫病が蔓延しており……」

「隣国に不穏な動きがありますので、そちら側の結界の強化を」

「すみません、順番にお願いします」

 地図を見ながら、不作や疫病の流行る地に回復魔法である『祝福の光』を届け、聖結界の強化が必要な箇所には魔力を追加する。

 本来であれば、聖女の仕事ではないけれど、困っている人たちを見過ごすことはできなかった。

 神官や文官達の話に耳を傾けていると、あっという間に時間が経ってしまう。

「申し訳ありません、聖女様。そろそろお時間ですので」

「まぁ、もうそんな時間なのね」

 聖騎士のトマス・フォスキーアがやってきたので、私は後ろ髪をひかれながら、彼と共に神殿から王宮へ移動する。

 今日はこの国の王太子であり、婚約者でもあるステファノ殿下と、月に一度お茶をする日。

 王宮につくと、侍女に王族専用の薔薇園へ案内された。その中に設けられたガゼポには、色とりどりの茶菓子と上品な茶器の用意されたテーブルがある。

 その席にはすでに、美しい金髪に碧い瞳の青年が座っていた。

「お待たせいたしました、ステファノ殿下」

 スカートを広げて頭を下げる。しかし彼はいつも通りの冷たい視線でこちらをチラリと見て、鼻をフンと鳴らすだけだった。

「……失礼いたします」

 向かいの席に座ると、近くの侍女がカップにお茶を注ぐ。

 お茶をひと口だけいただくと、私のほうから彼に声を掛けた。

「本日は神殿で辺境各地の惨状について陳情を受けました。特に西方の村は疫病の蔓延が酷いそうです。村への支援はどうなっていますでしょうか?」

 しかし彼は変わらず、お茶を飲んでいるだけで、何も言わない。

「隣国アルバに軍事強化の動きが見られるそうです。アルバ側の結界を強固にしておきましたが、可能であれば友好的な解決を模索していただきたく……」

 彼がガチャン、と音を立ててカップを置いた。そして冷たい視線をより鋭く尖らせて、私を睨む。

「女のくせに、政治に口を出すな!」

「……申し訳ありません」

「もうよい」

 そう言って立ち上がると、ステファノ殿下は全身で怒りを露わにしながら庭園を去ってしまった。

「聖女様、殿下が大変申し訳ありません」

 近くで控えていたトマスがやってきて、膝をついて頭を下げる。

「いいのよ、トマス卿が謝ることではないわ」

 トマスにネーヴェ邸宅まで送ってもらうと、私の専属侍女であるキアラが知らせを受けていたのか、門前で出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「……ただいま、キアラ」

 キアラの顔を見たらなんだかホッとして、つい抱きついてしまった。

「今日は王太子殿下とお茶をされる日のはずでしたが……」

「すぐ帰られたわ。最短記録更新ね」

「……そうですか」

「いいのよ、どうせ政略結婚だもの」

 何か言いたげな表情のキアラに、私は笑顔でそう言った。

 次期国王である王太子と私の婚姻は、国防と繁栄のために必要な聖女を国に縛り付けるためでしかない。お互いの気持ちなど、どうでもいいのだ。

「今日の湯あみには、お嬢様のお好きな薔薇を浮かべましょうね」

「ありがとう、キアラ」



 ◇



 ある日、ステファノ殿下から突然登城するよう知らせがやって来た。

 特に約束もなかったはずだが、と不思議に思いつつ侍女のキアラを伴って王宮に向かい、王太子の執務室前までやってくると、中から妙に明るい女性の声が漏れ聞こえている。

 嫌な予感を打ち消すようにノックをして中に入ると、ステファノ殿下と一緒に、美しい金髪と桃色の瞳が可憐な少女が出迎えた。

「お待たせしました。……殿下、こちらの方は?」

「ああ、ようやく来たか、聖女よ」

「……はい?」

 ステファノ殿下の言葉が引っかかる。

 しかし、彼はこちらのことなどお構いなしに、可憐な少女の腰を抱きながら、私にこう言った。

「彼女はアンジェリーナ・グラニート。神殿が新たに認めた『真の聖女』であり、私の婚約者だ!」

「それは、どういう……」

「どうもこうも、言葉の通りだ。神殿はお前の聖魔法が弱まっていると判断し、彼女を『真の聖女』と認めた。そして私は彼女と出会ったことで『真実の愛』に目覚めたのだよ」

 ステファノ殿下はそう言って、私には見せたこともない愛おしそうな表情で、アンジェリーナの美しい金髪に口付けをする。

「アンジェリーナほど『聖女』にふさわしい女性はいない。聖女でなくなったお前との婚約は破棄させてもらう」

「なんですって!」

 そう叫んだのはキアラだった。下手をすれば掴み掛かりそうなキアラを制止し、私はただただ冷静に、気になることを確認する。

「聖女の認定も、婚約破棄も、国王陛下の承認が必要なはずです。現在閣下は外遊中のはずですが……」

「ふん、私は次期国王だぞ? 父上が外遊中の今、全ての決定権は私にある。それに、神殿が認めた『真の聖女』が新たに現れたのだ。婚姻を結び直すのは当然のことだ」

 ステファノ殿下の言葉を聞きながら、隣にピッタリ寄り添うアンジェリーナ様を見つめた。

 この国の『聖女』は、聖魔力を持つ者の中から最も強い魔力を持つ女性であれば、誰でもなることができるが――。

「……承知いたしました」

 私は色んな思いと言葉を飲み込んで、ただ静かにそう答えた。

 しかしそれすら、ステファノ殿下は気に食わなかったらしく、小さな舌打ちが聞こえる。

「こんな時でも涙すら見せぬとはな。まぁ、私もこれまで国に貢献したそなたを、そのまま放り出すほど悪ではない。元聖女と新たに婚姻を結ぶ者など皆無に等しいだろうからな」

 そういうと、ステファノ殿下は机の上に置いてあった手紙を、私に差し出して言った。

「そなたには、聖騎士トマスとの婚姻を命じる」

「……え、トマス卿と、ですか?」

「元とはいえ、これまで聖女であったことに変わりはない。アンジェリーナは『真の聖女』になったばかりだからな。聖騎士の妻となって、彼女を助け、支える存在になってもらうぞ」

 なるほど。表向きには聖女をアンジェリーナ様として妻に迎え、聖女としての仕事は私に押し付けるつもりなのだろう。

「その書状はトマス卿への命令書だ。彼なら断ることもないだろうし、届けるついでにそのまま婚姻の手続きをしてこい」

「……承知、いたしました」



 ◇



 王宮を後にした私は、キアラと共に神殿の近くにある聖騎士の宿舎へ向かった。

「お嬢様、本気ですか?」

「仕方ないわ、王命だもの。それに王家や神殿との繋がりがなくなったら、私の居場所はなくなってしまうし」

 私は『聖女』になるまで、両親から冷遇されて育った。もし王太子と婚約破棄されたと分かったら、問答無用で追い出すだろう。

 それならば、聖騎士であるトマス卿と婚姻を結び直したほうがまだいい。

 筆頭聖騎士であるトマス卿は、聖女としてお勤めをする際、護衛としていつも付き従ってくれる存在だ。殿下に冷遇される私にも親切な彼と婚姻できるのであれば、殿下との婚約破棄はむしろよかったのかもしれない。

 聖騎士の宿舎に着くと応接室に通され、しばらくするとトマス卿がやってきた。

「ロザリア様、このような場所までご足労いただいて、すみません」

「いえ。こちらこそ、訓練中に申し訳ありません」

 応接室のテーブルに向かい合って座った私は、殿下から受け取った書状をトマス卿に差し出す。

「トマス卿、殿下からすでにお聞きかと思いますが、こちらは私との婚姻命令の書状となります」

「……はい」

 書状を受け取ったトマス卿は、眉をひそめながら書状に目を通した。

「このような事態になってしまい、トマス卿も困惑されているかと思いますが、私は殿下の意向に沿うつもりです。不束者ですが、どうぞ……」

「――ロザリア様。申し訳ありませんが、この婚姻はお受けできません」

 殿下のワガママのような王命に頭を下げる私に、トマス卿は氷のように冷たい声で言った。

「え……?」

「私は『聖女』にこの身を捧げると誓った聖騎士です。お側で仕える方は『聖女』でなければいけません」

 思わず顔を上げると、トマス卿は今まで見たことがないほど、厳しい表情をしていた。

「『聖女』でなくなったあなたを守る理由はありません。申し訳ありませんがこの婚姻、なかったことにしてください」

 どうやら私は、勘違いをしていたらしい。

 トマス卿が殿下よりも親切だったのは、私が『聖女』だったから。

「それでは、失礼します」

 そう言って一礼し、応接室から出ていくトマス卿の背中を、私はただただ見送ることしか出来なかった。

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