第24話 それぞれの芽吹き
体育館裏。
辺りには、壊れたフェンスと抉れた地面だけが残っていた。
夕暮れの風が、重たく淀んだ空気を押し流していく。
「……終わった、のね」
藍澤まどかは、呆然としたように周囲を見回した。
紙袋は、いつの間にか地面に落ちている。
中の菓子パンには、もう視線すら向けていなかった。
「お腹……」
自分の腹部に、そっと手を当てる。
「……空いてたの、なくなってるわ」
不思議そうに、でもどこか拍子抜けした声。
五右衛門たちは、誰も言葉を挟めなかった。
まどかは、ゆっくりと彼らを見る。
「……ねえ」
「さっきまでね」
「食べても、食べても……足りなかったの」
澪が、小さく息をのむ。
「でも同時に」
まどかは、胸元に指先を添えた。
「ずっと我慢してたものが、一気に解放された感じがして」
「……すごく、気持ちよかった」
その場に、沈黙が落ちる。
言い訳でも、挑発でもない。
ただの“感想”だった。
「だから……止まらなかったのね」
自嘲気味に、まどかは笑った。
「……でも」
視線が、四人を順に巡る。
「あなた達には、迷惑をかけたわ」
「生徒たちにも」
そして、はっきりと。
「……ごめんなさい」
頭を下げる。
ほんの一瞬だけ。
その姿は、
能力者でも、
ただの“教師”だった。
「行きましょう」
黒川園美の声が静かに響く。
「藍澤まどか」
「
「これより、恋能庁が身柄を預かります」
「……ええ」
まどかは、素直に頷いた。
連行される直前、
ふと立ち止まり、五右衛門を見る。
「あなたが触れた瞬間ね」
「……全部、嘘みたいに静かになったの」
小さく微笑む。
「ありがとう」
それだけ言って、歩き出す。
その背中を見送りながら、
誰も、すぐには動けなかった。
夜。
五右衛門は、自分の部屋でベッドに仰向けになっていた。
(……仮初の、充足感)
まどかの言葉が、頭の中で反芻される。
(満たされてる“つもり”だっただけ、か)
体育館裏で、
澪の前に立った瞬間。
胸の奥で、何かがはっきりした感覚。
(……前にも)
ふと、記憶の底が揺れた。
小さい頃。
よく遊んでいた――女の子。
名前も、顔も、思い出せない。
でも。
手を引いて走っていた感触だけが、妙に残っている。
(……誰だっけ)
思い出そうとした瞬間、
その記憶は、すっと遠ざかった。
(……今は、いいか)
五右衛門は、目を閉じた。
一条は、椅子に腰かけ、天井を見つめていた。
(仮初、か)
自分はどうだ?
彼女がいる時は、調子がいい。
判断も、身体も、冴えている。
(……それって)
(本当に“俺の力”なのか?)
思い出すのは、最後の瞬間。
五右衛門が前に出て、
すべてを終わらせた背中。
(……羨ましい)
その感情を、否定しなかった。
(俺も、最後まで立っていたかった)
(もっと……力が欲しい)
それは、まだ危うさを持たない。
ただの、自然な欲求。
澪は、ベッドに腰かけ、指先を見つめていた。
まどかの言葉が、胸に残っている。
(我慢してたもの、か……)
自分は?
逃げなかった。
前に出た。
(……守られるだけじゃ、嫌だった)
五右衛門の背中が、思い浮かぶ。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
(……次は)
(もっと、ちゃんと……)
その想いは、まだ名前を持たない。
三谷ひかりは、静かな部屋で、天井を見上げていた。
拒絶が削られる感覚。
正直、怖かった。
でも。
(……それでも、逃げなかった)
誰かのために、
自分の力を使えた。
(……わたしにも、できることがある)
それが、何よりの救いだった。
恋能庁・新宿支部。
園美は、書類に目を落としながら、静かに息を吐く。
(……兆候は、あった)
(見落としたのは、私)
それでも。
モニターに映る、四人のデータ。
(……無事で、よかった)
今は、それだけでいい。
満たされた“つもり”だったもの。
守れたという実感。
羨望とまだ言葉にならない乾き。
恐怖。
小さな誇り。
それぞれの中で、
確かに何かが芽吹いている。
まだ弱く、
まだ歪みを持ったまま。
けれど――
それはもう、
後戻りできない変化だった。
『忘れた恋から始まる覚醒』恋能覚醒者《ラバー》×恋能覚醒者《ラバー》 @ha_zu_ki
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