第22話 底なしの腑
昼休みの教室は、妙に騒がしかった。
「……なんか最近さ、食堂のパンなくなるの早くない?」
「分かる。今日とか購買も一瞬で売り切れてた」
「誰か大食いでもいるんじゃない?」
そんな他愛のない会話の中で、
五右衛門は、ふと胸の奥がざわつくのを感じていた。
(……また、か)
理由は分からない。
でも、昨日からずっと続いている。
――嫌な予感。
視線を向けると、澪が窓際で友達と話していた。
笑っている。
いつも通りだ。
(……守れるかな)
自分でも、何を考えているのか分からなかった。
放課後。
四人は、体育館裏へと向かっていた。
一条。
五右衛門。
澪。
三谷ひかり。
「急に呼び出されるとかさ」
一条が肩をすくめる。
「ベタじゃない?」
「……でも」
三谷は、少し表情を硬くしていた。
「胸が、ざわざわする」
澪も頷く。
「わたしも……」
「一応黒川さんには遅れるって連絡しておいた」
一条らしいといえば一条らしい。
体育館の裏は、人の気配がなかった。
コンクリートの壁。
フェンス。
その奥に、雑木林。
夕暮れの影が、長く伸びている。
「……来たわね」
低い声。
振り返ると、そこに立っていたのは――
担任教師、藍澤まどかだった。
紙袋を抱え、いつもと変わらない笑顔。
「放課後に呼び出してごめんね」
「先生……?」
澪が戸惑った声を出す。
「ちょっと、聞きたいことがあってさ」
まどかは、紙袋から菓子パンを一つ取り出し、
封を破る。
もぐ、と一口。
「
まどかは楽しそうに、まるで好物を目にした子供の様に話す。
「貴方たちはお腹いっぱいにさせてくれるかしら」
紙袋の中で、菓子パンだと思われる袋同士が擦れる音がした気がした。
その瞬間だった。
空気が――歪んだ。
地面が低く唸り、 黒い“何か”が、波のように広がる。
「……っ!」
一条が即座に前へ出た。
「下がれ!」
判断が早い。 迷いがない。
一条の身体が、滑るように動く。
(――速い)
五右衛門の目が、無意識に追っていた。
一条は、地面を蹴り、 黒い衝撃波の“核”を見抜く。
「澪、右だ!」
声と同時に、まどかの放った衝撃波が弾ける。
一条は間一髪でかわし、 拳を叩き込んだ。
ズン、と鈍い衝撃。
だが――
「……効いてない?」
澪が息を呑む。
衝撃波は、砕けた“ように見えて” 次の瞬間、地面の破片を巻き込み、さらに大きくなる。
「……喰べてる?」
三谷が呟く。
「攻撃そのものを……」
まどかは、楽しそうに口元を押さえた。
「ええ。エネルギーも、衝撃も、感情も」
「足りないものは、全部」
次の瞬間。
黒い衝撃波が、横殴りに襲いかかる。
澪が、迷わず前に出た。
「――来るよ!」
胸の奥。 あの“あたたかさ”を、意識する。
澪の身体を、柔らかな
光はない。 でも、確かにそこに“ある”。
衝撃波が、正面からぶつかる。
「っ……!」
全身に走る重圧。
だが、澪は倒れない。
恋纏が、衝撃を受け流し、 削り、分散させている。
「……受け止めた?」
一条が目を見開く。
(すごい……)
五右衛門の胸が、熱くなる。
(澪が……前に出て闘ってる)
次の瞬間。
黒い衝撃波が、角度を変えた。
澪の死角。
「危ない!」
三谷が、叫ぶ。
だが――
ギギギ……
「……っ!」
三谷の壁が、軋む。
「削られてる……!」
拒絶そのものが、喰われている。
まどかは、またパンを口に放り込んだ。
「だって、足りないんだもの」
「食べ尽くしなさい。
次の衝撃波は、明らかに“違った”。
周囲の木々。 フェンス。 砕けたアスファルト。
すべてを飲み込み、巨大化する黒。
「……防ぎきれない!」
三谷の声が、震える。
一条が、歯を食いしばる。
(――俺が、止める)
一条は、正面から踏み込んだ。
能力を、限界まで引き上げる。
身体が、軽い。 速い。 強い。
(――いける)
拳が、衝撃波の中心に触れた瞬間。
「……っ!?」
吸われた。
力が、抜ける。
衝撃が、逆流する。
一条は、地面に叩きつけられた。
「一条くん!」
澪が叫ぶ。
(……すげえ)
五右衛門は、目を離せなかった。
(
(あんなふうに前に出れるのか)
憧れ。
その言葉が、胸に浮かぶ。
だが――
澪が、ふらついた。
「……っ」
黒い衝撃波が、すべてを呑み込もうと迫る。
(また……)
五右衛門の胸が、強く締め付けられる。
(また、守れない……?)
――違う。
(今度は⋯)
(⋯絶対に泣かせない)
(今度は⋯?)
五右衛門は、無意識に澪の前に立っていた。
「澪……下がって」
声は、静かだった。
次の瞬間。
派手さのない、 だが確かな“圧”が、五右衛門の周囲に立ち上がる。
黒い衝撃波が、止まる。
通らない。 喰べられない。 削れない。
均されるように、静かに霧散していく。
「……あら」
まどかが、目を細めた。
「それ、面白いわね」
澪は、五右衛門の背中を見つめていた。
(……守られてる)
その感覚が、胸に残る。
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