第20話 自覚
新宿支部の訓練室には、
やる気と不安が混じり合った、独特の空気が流れていた。
先程までとは違う。
「じゃあ、始めましょう」
黒川園美は、淡々と告げる。
「今日は恋能は使わないわ」
一瞬、空気が揺れた。
「え?」
澪が思わず声を上げる。
「この後の訓練は、基礎的な組手と体力トレーニングよ」
「簡単に言えば――」
園美は、指を折って説明する。
「筋トレとランニングで身体を作る」
「それから、簡単な護身術レベルの組手」
「……き、筋トレに組手かぁ……」
澪が少しだけ肩を落とす。
「大丈夫、安心して」
園美は、すぐに続けた。
「いきなり殴り合いなんてしないわ」
「あくまで“動き方”を知るためのもの」
一拍、間を置く。
「ただし――」
その視線が、全員を順に捉える。
「
「見てみたいと思わない?」
五右衛門が、わずかに眉を動かした。
「……それって」
「実演してもらいましょう」
園美は、視線を後ろにやる。
「いろはちゃん。この前のおさらいよ」
「う、うーっす……」
天城いろはは、軽く息を吸い、前に出た。
その瞬間。
彼女の身体の周囲に、
目には見えない“圧”のようなものが立ち上がる。
「……っ」
澪が、思わず息を呑む。
いろはの動きは速い。
派手じゃない。
だが、無駄がない。
「これが、恋纏を“自覚している”状態」
園美は説明する。
「身体能力そのものが底上げされる」
「だからこそ、基礎が重要なのよ」
その後の訓練は――
正直、散々だった。
腕立て伏せ。
ランニング。
受け身と簡単な組手。
五右衛門は、思うように身体が動かない。
(……こんなもんか)
頭では分かっているのに、
身体がついてこない。
三谷ひかりは、息を切らしながらも必死だった。
(……悔しい)
(あの時、拒絶がうまく使えていたら)
被害は、もっと少なかったかもしれない。
澪も、汗だくになりながら動いていた。
「はぁ……はぁ……」
(……思ったより、きつい)
横を見ると、いろはは余裕がある。
年下で、同じ女の子。
それなのに、動きは自分よりずっと上。
(……すごい)
一条はというと――
確かに、よく動けていた。
反応も早い。
判断も的確。
だが本人は、分かっている。
(……恋強化のおかげだ)
(地力じゃない)
だからこそ、満足できなかった。
やがて、園美が手を叩く。
「今日はここまで」
全員が、その場にへたり込む。
「最初に渡した宿題、忘れないで」
園美は、静かに言った。
「回収はしないわ」
「でも、この機会に」
「自分自身と、ちゃんと向き合いなさい」
「そうすれば――」
「自然と、恋纏は自覚できるようになると思うわ」
解散。
それぞれが、重たい身体を引きずるように帰路についた。
夜。
五右衛門は、ベッドに腰を下ろしていた。
(……全然、ダメだった)
守ると言った。
強くなると言った。
なのに、今日できたことは――
何もない。
(……また、守れなかったら)
拳を、強く握る。
一条も、自室で天井を見つめていた。
(動けてた、けど)
(それは能力のおかげだ)
このままじゃ、ダメだ。
本当に強くならなければ。
三谷は、机に向かい、宿題の紙を見つめていた。
「……強くなりたい」
小さく、呟く。
そして――
澪。
部屋に戻り、制服を脱いで、ベッドに腰掛ける。
(……疲れた)
でも、不思議と嫌じゃなかった。
訓練のことを思い出す。
いろはの動き。
ひかりの必死な表情。
みんな、頑張ってた。
(……ごえもんくんも)
宿題の紙を、手に取る。
好きな〇〇。
ペンを持ったまま、しばらく悩んで――
「……ごえもんくん」
ぽつりと、声に出した。
その瞬間。
「……え?」
澪は、自分の身体を見渡した。
ぼんやりと、
全身から“何か”が滲み出ている。
熱くない。
怖くもない。
ただ、
あたたかい。
「……なに、これ……」
澪は、息を呑んだ。
気づいてしまった。
もう、戻れない。
確かに“自覚”は始まっていた。
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