第15話 拒絶のなかにあるもの

「じゃあ、ついてきなさい」


黒川園美はそう言って、さっさと踵を返した。


場所は新宿。


恋保の支部へ向かう途中だった。


車内は、妙に静かだった。


後部座席で、三谷ひかりが膝の上で手を握りしめている。


包帯はもう目立たないが、表情はまだ硬い。


「……三谷さん、大丈夫?」


澪が、そっと声をかけた。


「うん……平気、だと思う」


そう答えながらも、三谷の視線は落ち着かない。


「病院では、もう異常ないって言われたけど……」


「無理しなくていいんだよ」


澪は、少し身を乗り出す。


「怖かったでしょ」


三谷は、一瞬だけ黙ったあと、首を横に振った。


「……怖かった」


「でも」


そこで顔を上げる。



「このまま、何も分からないままなのは……もっと嫌」


五右衛門は、ミラー越しにその様子を見ていた。


(三谷さん……)


「強く、なりたいです」


三谷は、はっきり言った。


「また、あんなふうになるのは……嫌だから」


園美が、ハンドルを握ったまま口を開く。


「いい心がけね」


「弱かったからって、恥じる必要はないわ」


「大事なのは――

そのあと、どうしたいかよ」




新宿のビル街の奥。


一見すると普通のオフィスビルに、車は滑り込んだ。


「ここが、恋保の支部」


園美が言う。


「今日は説明がメイン。

修行は……軽めね」


エレベーターを降りると、静かな空間が広がっていた。


「さて」


ソファに腰を下ろした園美は、改めて三人――いや、四人を見る。


「今回の件、はっきりさせておくわ」


「三谷ひかりさん。


あなたは、加害者じゃない」


三谷の肩が、わずかに震えた。


「今回の現象は、恋引鉄ラブ・トリガーによる可能性が高い」


一条が、すぐに理解したように頷く。


「……無理やり、覚醒を促した」


「そう」


園美は肯定する。


「自覚も、心の準備もないまま力を与えられた。


それは覚醒じゃない。事故に近い」


澪が唇を噛む。


「そんなこと……していいわけない」


「ええ」


園美の声が低くなる。


「最近、そういうやり方で無理やり覚醒させられた人達による事件が目立ってきているの」


一拍置いて、告げた。


「通称、堕恋者だれんしゃ


「その中でも―― フォールン・アモーレと名乗っている集団がいるわ」


「恐らく、最近の事件はフォールン・アモーレの仕業よ」



「恋能はね」


園美は姿勢を正しながら言う。


「感情によって、強くも弱くもなる」


五右衛門の胸が、静かに反応する。


「ただし」


園美は指を立てた。


「どの感情が“正解”かは、人によって違う」


「例えば、三谷さんの恋能、恋拒絶ラブ・リジェクションの場合……」


一条が口を挟む。


「防御系。拒む力」


「そう」


園美は頷く。


「喜怒哀楽で言えば、“怒”と“哀”が強く反応している可能性が高い」


三谷は、思い当たるように目を伏せた。


「……私、怖くて……悔しくて……」


「それでいい」


園美は即座に言った。


「大事なのは、

その感情を否定しないこと」


「だから、まずやることは一つ」


園美は四人を見渡す。


「自分の恋能を知ること」


「そして――

自分の気持ちを知ること、理解すること」


一条が腕を組む。


「感情の管理、ですね」


「ええ」


園美は微笑む。


「幸い、あなた達は学生よ」


澪を見る。


「甘酸っぱい青春の経験は、

恋能を成長させるには最高の環境」


「ただし」


声が引き締まる。


「一人で考えて、思い詰めるのはダメ」


「恋能は、独りで抱えると歪む」


五右衛門は、無意識に拳を握った。


(……独りで、か)


「じゃあ、今日から“修行”ね」


園美が立ち上がる。


「え、もう?」


澪が声を上げる。


「安心して。

体力と体術、反応訓練が中心よ」


「でも一番大事なのは――」


「感情が、能力にどう影響するかを見ること」


三谷が、少しだけ前に出た。


「……私も、やります」


「怖いけど……」


一瞬、言葉を探してから続ける。


「このまま、何もできないままは嫌です」


園美は、満足そうに頷いた。


「いい顔になったわね」


五右衛門は、胸の奥で静かに思った。


(修行……)


(力を強くするためじゃない)


(自分を、知るためか)



修行は始まった。

だが、誰もまだ知らない。

この中に、

最も不安定な恋能を抱えている者がいることを。

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