第16話 始まり
新宿の支部はとても静かだった。
外の喧騒が嘘のように、
ここだけ時間の流れが違う。
「じゃあ、始めましょうか」
黒川園美は、軽く手を叩いた。
「今日は戦わないわ。
まずは“知る”ところから」
三谷ひかりは、少し緊張した面持ちで頷く。
「……はい」
五右衛門は腕を組み、
一条は壁にもたれて様子を見ていた。
澪は、いつも通りの表情で
二人の少し後ろに立っている。
「先に言っておくけど」
園美は全員を見渡した。
「私の恋能は、万能じゃない」
「全部が見えるわけでも、
正解が分かるわけでもない」
澪が首を傾げる。
「園美さんの恋能って、どんなのなんですか?」
園美はあっさり答えた。
「私の恋能は
「恋の流れ、強さ、歪み。他にもあるけど、
“ある程度”なら見える」
「でも鑑定じゃないから、
本質まで分かるわけじゃないわ」
一条が小さく頷く。
「だから“監視”なんですね」
「そういうこと」
園美は、三谷に視線を向けた。
「三谷ひかりさん」
三谷は背筋を伸ばす。
「あなたの恋能は、
防御寄りの能力ね」
「拒絶、距離、遮断。
それ自体は悪くない」
三谷の指先が、ぎゅっと握られる。
「……私、逃げてばっかりで」
「違うわ」
園美は即座に否定した。
「あなたは“守ろう”としていただけ」
「傷つく前に、近づかせない。
それは、立派な感情よ」
三谷は一瞬、目を見開いた。
「……でも」
「強くなりたい、でしょ?」
三谷は、少しだけ迷ってから頷いた。
「はい」
「また、何もできないままになるのは……嫌です」
園美は満足そうに小さく笑った。
「いいわ。その気持ち、忘れないで」
次に、園美は五右衛門を見る。
「男前崎 五右衛門くん」
「あなたの恋能、《ゼロ》と呼んでいるけど少し特殊」
五右衛門は黙って聞いている。
「今のところ分かっているのは、消す、抑える、無力化する」
「でもね」
園美は、言葉を選ぶように続けた。
「あなたの力は、
本質的には“守る”ためのもの」
五右衛門の胸が、僅かにざわつく。
(守れなかったら……?)
その問いを、口には出さなかった。
「一条亘くん」
一条が軽く手を挙げる。
「はいはい」
「あなたはもう説明済みね」
園美は淡々と言った。
「この前も言ったけど、
「恋愛状態で、
知能と身体能力が底上げされる」
「失恋した時、調子が落ちるでしょう?」
一条は苦笑する。
「まあ……否定はしません」
「それがデメリットだし、人によっては恋愛トラブルで身を滅ぼすこともあるわ」
「あなたモテそうだし、くれぐれも気をつけなさいね」
一条はなんとも言えない顔をしている。
「ちゃんと彼女は大切にします 笑」
(一条と付き合ったら彼女は大切にしてもらえるだろうな…)
澪と不意に目が合い目を逸らしてしまう。
園美は澪に向かって話しかける
「あなたの恋能は、何かしらね?」
澪は一瞬きょとんとしてから、笑った。
「えー、どうなんだろ。
すごい能力だったらいいなー!!」
(すごい能力ってなんだよ……)
五右衛門は、内心で小さく突っ込む。
園美は肩をすくめた。
「基本的に恋能は、
その人自身の“本質”によるものが多いわ」
「そこに後天的な要素――
日々の生活や、恋愛で得た経験が重なって発現する」
澪は真剣に聞いている。
「たぶんあなたの言う“すごい能力”が
発現するケースはね」
園美は淡々と続けた。
「過去に、大きな事件や事故が
あった場合がほとんど」
「……そっか」
澪は軽く頷いた。
その様子を見ながら、
園美は心の中で首を傾げる。
(……でも)
(何か引っかかる)
(何か……
違和感があるのよね)
「さて」
園美は話を切り替えた。
「じゃあ、修行よ」
「え、もう?」
澪が声を上げる。
「安心して」
園美は言う。
「体力、体術、反応訓練が中心」
「でも一番大事なのは――」
「自分の感情が、
能力にどう影響するかを見ること」
軽いトレーニングが始まる。
三谷は、すぐに息が上がった。
「……っ」
五右衛門が近づこうとした、その時。
「大丈夫?」
澪が、先に声をかけた。
ペースを落とし、
三谷に合わせる。
「無理しなくていいよ」
「……ありがとう」
五右衛門は、その様子を横目で見た。
(……ずっと前から…)
(皆に優しかったよな……)
(…あれ…?)
修行が一段落し、
全員が息を整える。
「今日はここまで」
園美はそう言って、
端末を確認した。
その瞬間。
表情が、僅かに変わる。
「……反応が」
誰にも聞かれないように、低く呟く。
「これまでとは……
波形が違う」
「恐らく自覚したまま、使ってる」
園美は、静かに息を吐いた。
「……来るわね」
画面に映る数値が、
ゆっくりと跳ね上がる。
「覚悟を決めておきなさい」
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