第10話 羨ましいだけの放課後、何も起きない日

放課後の校舎は、昼間よりも少しだけ空気が軽い。


「ねえ」


昇降口を出たところで、澪が唐突に口を開いた。


「なんかさ、2人共昨日より仲良くなってなーい?」


そう言って視線を向けた先には、ごえもんと一条がいる。


「……そうか?」


ごえもんは靴ひもを結び直しながら、そっけなく返した。


「別に、普通だろ」


「普通に一緒に帰って、普通に話してる時点で普通じゃない気がするけど」


澪はくすっと笑う。


「ね、一条くん?」


「まあ、否定はしないかな」


一条はあっさりと言った。


「話しやすいし、考え方も近いし」


「ほらー」


澪が楽しそうに言う。


ごえもんは少しだけ視線を逸らした。


(……そんなつもり、なかったんだけどな)


でも、嫌ではなかった。


むしろ——


(気づいたら、隣にいるのが当たり前になってる)


そんな感覚がある。


「五右衛門くん、顔に出てるわよ」


少し後ろから、黒川さんの声がした気がした。


(出てませんよ…たぶん)


心の中で答えると、その時だった。


「亘ー!」


軽やかな声と一緒に、こちらへ駆け寄ってくる女子がいる。


肩までの髪を揺らしながら、迷いなく一条の隣に並んだ。


「遅くなってごめん。先生に捕まってた」


「お疲れ。大丈夫?」


一条が自然に言う。


そのやり取りを見て、澪が目を瞬かせた。


「あ、もしかして……」


「彼女」


一条がさらっと言った。


「佐倉ひより」


「はじめまして!」


ひよりはにこっと笑って、軽く頭を下げた。


「亘のクラスメイトさんですよね?」


「うん。日向澪です」


澪もすぐに笑顔で返す。


「こっちは、男前崎五右衛門くん」


「どうも」


ごえもんが短く言うと、ひよりは少しだけ目を丸くした。


「……あ、噂の」


「噂?」


「モテるのに自覚ない人」


「ちが……」


言いかけて、五右衛門は言葉を飲み込んだ。


「……そうでもない」


ひよりは楽しそうに笑った。


「でも、雰囲気でわかります。優しい人だなって」


「……どうも」


居心地の悪さは、不思議とない。


むしろ——


一条とひよりが並んでいるのを見て、胸の奥が少しだけざわついた。


(……いいな)


特別な理由があるわけじゃない。


ただ自然で、無理がなくて、 お互いをちゃんと見ている感じがした。


(彼女、か……)


五右衛門は、無意識に視線を逸らした。


一条は、そんな空気にも気づかず、ひよりに言う。


「このあと少し寄り道するけど、いい?」


「うん。大丈夫」


ひよりは迷いなく頷いた。


そのやり取りを、澪は少しだけ眺めてから、ぽつりと言う。


「……いいね」


「なにが?」


五右衛門が聞くと、澪は前を向いたまま答えた。


「ちゃんとしてる感じ」


五右衛門は一条とひよりをもう一度見て、心の中で小さく息を吐く。


(……正直、羨ましい)


彼女が欲しい。


特別なことはいらない。 ただ、隣にいて、自然に笑える相手が。


(俺も……いつか、そうなれんのかな)


その考えに、少しだけ胸が温かくなる。


「じゃ、また明日ね」


ひよりが手を振る。


「また」


澪も手を振り返した。


一条は軽く会釈してから、ごえもんを見る。


「またな」


「ああ」


2人が離れていく背中を見送りながら、澪がごえもんの横に並んだ。


「……ごえもんくん」


「ん?」


「今、ちょっと羨ましそうな顔してた」


「……気のせいだ」


「そっか」


澪はそれ以上何も言わず、歩き出した。


夕暮れの校門を抜けながら、ごえもんは思う。


(いいな、ああいうの)


でも同時に、胸のどこかで小さな違和感もあった。


理由は、まだわからない。

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