第9話 友達になってくれないか?
放課後の校舎は、昼間よりも静かだった。
五右衛門は昇降口で靴を履き替えながら、少しだけ周囲を見渡す。
(……一条、いたな)
視界の端に、一条亘の姿があった。
生徒会の用事だろうか、書類を片手に歩いている。
迷った末、五右衛門は声をかけた。
「一条」
「ん?」
振り返った一条は、いつも通りの穏やかな表情だった。
「このあと、時間あるか?」
「あるけど。どうした?」
「……ちょっと話したくて」
一条は一瞬だけ目を瞬かせてから、軽く笑った。
「いいよ。ちょうど一段落ついたところだ」
二人で校門を出た、その時だった。
「……やっぱり、あなた達だったのね」
聞き覚えのある声。
黒川が、少し離れた場所に立っていた。
「黒川さん」
五右衛門が反応するより早く、一条が口を開く。
「知り合い?」
「まあ……そんなところ」
黒川は一条を一瞥し、すぐに状況を察したように小さく息を吐いた。
「説明は後。今は少し、厄介なのが近くにいるわ」
言われて気づく。
校門の向こう、人通りの少ない路地で、
不自然に感情が揺れている空気。
「恋能……?」
「え?」
一条が、五右衛門を見る。
「なにそれ」
「あとで説明する」
黒川が短く言い切る。
「一条くん、あなたも来なさい。
無関係じゃなさそう」
一条は一瞬考えてから、肩をすくめた。
「まあ、面白そうだし」
路地の奥では、男女が言い争っていた。
言葉の内容よりも、感情の振れ幅が異常だ。
「……感情が増幅されてる」
一条が、ぽつりと言う。
「普通の喧嘩じゃない」
五右衛門は内心、驚いていた。
(状況判断、早すぎだろ……)
黒川が頷く。
「正解。軽度だけど、恋能が絡んでる」
数分後、黒川の手際で事態は収まった。
五右衛門は、ほとんど何もしていない。
「……すごいな」
思わず言葉が漏れる。
「一条、さっきの判断」
「ん? ああ」
一条は頭をかいた。
「彼女いるとさ、
こういうの、なんか全部調子上がるんだよね」
「彼女?」
「いるよ。今は」
さらっと言う。
黒川が、その言葉に反応した。
「なるほど……」
少しだけ考えてから、一条を見る。
「あなた、
恋愛状態に入るとスペックが底上げされるタイプね」
「スペック?」
「身体能力と知能。
両方が、一定以上引き上げられてる」
一条は目を丸くした。
「え、マジで?」
「おそらくだけど……
五右衛門は、息をのむ。
(能力……?)
黒川は続ける。
「あなた、失恋すると調子が落ちるでしょう?」
「まあ……否定はしないかな」
「それがその恋能のデメリットと言われているわ」
淡々と告げる。
「恋がある間は安定してる。
でも、失うとバランスを崩す」
一条は少し困ったように笑った。
「言われてみれば、そんな気もする」
深刻さは、まだない。
だからこそ――
(……頼れる)
五右衛門は、素直にそう思った。
頭が切れて、空気も読めて、
それでいて驕らない。
---
ひと通り片付いたあと、黒川は軽く息を整えた。
「……ふう。これで大丈夫」
一条は周囲を見渡してから、ごえもんを見る。
「こういうの、
毎回こんな感じなの?」
「いや……たぶん」
曖昧に答えると、黒川が会話に割って入った。
「一条くん」
「はい?」
「率直に言うわ。
あなた、この手のトラブルに向いてる」
一条は一瞬だけ目を瞬かせた。
「向いてる、ですか?」
「判断が早いし、
感情に流されない」
「ごえもんくん一人で動かすより、
あなたがいた方が安定する」
五右衛門は、その言葉に小さく頷いた。
黒川は続ける。
「だから――
しばらく一緒に動いてもらえない?」
一条は少し考えてから、肩をすくめた。
「……面白そうですね」
そのやり取りを見て、ごえもんは意を決したように口を開く。
「一条」
「ん?」
「俺さ」
一瞬、言葉に詰まってから続けた。
「……お前のこと、尊敬してる」
一条はきょとんとした顔になる。
「急だな」
「でも、本当だ」
「頭も切れるし、
さっきの判断もすごかった」
ごえもんは視線を逸らしながら言う。
「だから……
よかったら、俺と友達になってくれないか」
一条は数秒黙ってから、吹き出した。
「なんだよ、それ」
それから、穏やかに笑った。
「もう友達だと思ってたけど?」
「……そうか」
「そう」
一条は頷く。
「じゃあ、
その“ついで”で一緒に動くってことでいい?」
五右衛門は、少しだけ口元を緩めた。
「ああ」
黒川は二人を見て、満足そうに小さく息を吐いた。
「決まりね」
---
五右衛門は、並んで歩く一条の横顔をちらりと見た。
(……友達、か)
その言葉を、胸の中で転がしてみる。
悪くない。
むしろ――少し、嬉しい。
そう思えたことに、自分でも驚きながら。
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