第5話 勘の鋭い女の子

 火曜日、朝。

 昨夜のログアウトは、結局深夜二時を回っていた。

 月曜日は部活動が一斉休養日ということもあって、俺とハルは新エリアの攻略にどっぷりと浸かってしまったのだ。


(……眠い。けど、最高に楽しかった……)


 あくびを噛み殺しながら教室に入ると、案の定、隣の席の海斗が「よお、廃人」と呆れ顔で迎えてくれた。海斗はすでにバスケ部の朝練を終えたのか、わずかに制汗剤の匂いがする。


「一真、お前また昨日夜更かししただろ。顔が真っ白だぞ。月曜休みだからって、ゲームのやりすぎは体に毒だぜ?」


「……。……まあ、昨日はちょっと盛り上がっちゃってな」


「ふーん。帰宅部は気楽でいいよなぁ。俺なんて今朝も五時起きだぞ。……あ、おい。今日も来たぞ、俺たちの『光』が」


 海斗の声がワントーン上がる。

 教室のドアが開くと、東雲さんと一ノ瀬さんが入ってきた。

 凛とした空気を纏う東雲さんと、その腕に飛びつく一ノ瀬さん。女子バスケ部のエースとポイントガード。学園のトップ2が並んで歩く姿は、今日も教室の温度を数度上げている。


 昨日2時まで一緒にゲームをしていたと思えないほど彼女は東雲さんは整っていた。

 ……ショートスリーパーなのか?


「凛りーん! 今日も練習頑張ろうねっ!」


「はいはい。咲希は朝練したばっかりなのに本当に元気だね」


 二人は談笑しながら、教室の後ろにある自分の席へと向かう。当然、俺たちの席の横を通ることになる。

 俺は努めて「普通」を装った。一ノ瀬さんと目が合いそうになっても、昨日のような不自然な逸らし方はせず、あくまで「ただのクラスメイト」として軽く会釈する程度に留める。


(よし……。普通だ。今の俺は、どこに出しても恥ずかしくないモブキャラだ……!)


 心の中で自分を褒め称えていると。

 通り過ぎざま、東雲さんと一瞬だけ目が合った。


(――……)


 彼女は、俺の「寝不足でクマの浮いた顔」を捉えると、ほんのわずかに、呆れたように眉を下げて笑った。

 それは間違いなく、「昨日の深夜二時まで付き合わせた元凶」である相棒――ハルとしての笑み。


 さらに。

 東雲さんは、隣の一ノ瀬さんから見えない位置で、俺に向けてこっそりと自分のスマホの裏側を見せてきた。

 そこには、俺がネトゲ内で使っている装備のモチーフである、小さなドラゴンのシールが貼ってあった。


(――っ!?)


 あんなの、昨日までは貼っていなかった。

 俺にしかわからない「秘密のマーキング」。

 俺が心臓を跳ねさせて固まっていると、東雲さんは何事もなかったかのように自分の席へ着いた。


「……? 一真、どうした? 鳩が豆鉄砲食ったような顔して」


「……あ、いや。なんでもない。ちょっと意識が飛んだだけだ」


 海斗を適当に誤魔化していると、不意に視線を感じた。

 一ノ瀬咲希さんが、いつの間にか俺の机の前にちょこんと立って、不思議そうにこちらを覗き込んでいた。


「…………ねえねえ、カズッチくん」


「……は、はい。一ノ瀬さん、何か?」


 天真爛漫な笑顔。だが、その瞳の奥には、裏表のない純粋な好奇心が宿っている。


「あのね。凛りんが昨日から、ずーっとご機嫌なんだよ」


「……え、そうなんですか?」


「うん! 昨日、学校が終わった後からかなぁ? なんかスマホ見てはフフッって笑ったり、鼻歌歌ったりしてて。……凛りんに『何かいいことあったの?』って聞いても、『秘密』だって教えてくれないんだもん」


 一ノ瀬さんは、探るような意図など微塵もなく、ただ思ったままを口にする。


「凛りんのあの『秘密』の笑顔、昨日の朝にカズッチくんと目が合った時と同じ気がするんだよね。……ねえ、カズッチくん。凛りんと、何か面白いことでもあった? もしかして、二人で同じテレビ番組でも見たとか!」


 ドクン、と心臓が大きな音を立てた。

 一ノ瀬さんは何も疑っていない。東雲さんと俺がどうこうなっているなんて、夢にも思っていないだろう。

 だが、だからこそ、その「無自覚な鋭さ」が一番怖い。


「いや……俺なんかが東雲さんと何かあるわけないですよ。……ねえ、海斗」


「おうよ咲希! 一真は昨日、部活休みをいいことに一日中引きこもってゲームしてたような奴ですから。凛みたいなキラキラした子と接点なんて、天地がひっくり返ってもないっす!」


 海斗の全力のフォロー(という名の蔑み)に、一ノ瀬さんは「えー、そうなのかなぁ」と首をかしげた。


「でも、凛りんのあのシール、初めて見た気がするんだよね。ドラゴンさん。……カズッチくんの筆箱についてるキーホルダーも、ドラゴンさんだよね。お揃い?」


「…………っ!!」


 そこまで気づくのか、この子は。

 俺は慌てて筆箱を机の中に隠した。


「あ、いや、これは……よくあるデザインというか、流行りっていうか……」


「ふふ、そうなんだ! 凛りんも流行りに乗ったのかな? じゃあ、またね、カズッチくん!」


 一ノ瀬さんは満足そうに笑って、自分の席へと戻っていった。

 遠くで、自分の席に座っていた東雲さんが、顔を真っ赤にして自分のスマホを両手で隠しているのが見えた。


 昼休み。

 海斗が部活仲間と学食へ消えた後、俺のスマホが震えた。


【凛:カズ、ピンチ!(笑) 咲希、あの子天然だけど時々怖いくらい鋭いんだもん……】

【凛:シール、剥がそうかな。……やっぱりバレるかな?】


 俺は机の下で返信を打つ。


『カズ:剥がすなよ。余計に怪しいだろ。……もうあんなアピールするなよ。俺の心臓が持たない』


『凛:にひひ。じゃあ、剥がさないでおく。……一真との秘密は、私だけの特等席なんだから。……それじゃ、放課後は部活頑張ってくるね。カズは寄り道しないで真っ直ぐ帰るんでしょ?』


『カズ:ああ。ログインの準備して待ってるわ、相棒』


 放課後。

 海斗は部活へ、東雲さんと一ノ瀬さんも連れ立って体育館へと向かう。

 俺はカバンを背負い、一人で校門を出た。


 今、あの体育館では、誰もが憧れる東雲凛が汗を流して練習している。

 けれど、数時間後には、彼女はボイチャの向こう側で、俺にだけ向けた「相棒」の声を聞かせてくれる。


 一ノ瀬さんの鋭さに冷や冷やしながらも。

 俺は、彼女との『特等席』を守り抜くために、今日も足早に帰路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る