第10話

 演習場に、奇妙な静けさが広がっていた。


 派手な衝突音はない。

 魔法の炸裂もない。


 それなのに。

「……進まない」


 観戦席の誰かが、呟いた。


 ハルトは、呼吸を整えようとして、気づく。

(……息が、乱れている)


 無駄な動きが増えている。


 焦りが、魔力消費を押し上げている。

 端末の片隅に、数値が表示されていた。


 魔力残量。

 反応速度ログ。

 行動選択回数。

 ――見えてしまった。


 自分だけが、減っている。

「……エミリア」


 声をかけようとして、言葉が詰まる。

 彼女は、動けない。


 守られる側として、最適な位置。


 だが、それは同時に――

 移動すると破綻する位置でもある。


 セシルが、何も言わずに視線を走らせる。

 魔力の流れが、また一段、歪む。


 強化魔法は、発動しない。

「どうして……」


 エミリアの声が、かすれた。


 責めているわけじゃない。


 ただ、理解できない。


 ハルトは、答えられなかった。

(……数値で、負けてる)


 反応速度。


 判断までの時間。


 自分が一手考える間に、

 エリオはすでに動いている。


 そして。

(セシルは……さらに、その先)


 指示を出していない。


 だが、戦況は彼女の想定通りに進んでいる。


 それが、何より恐ろしかった。

「……なあ」


 思わず、口を開く。


「いつからだ?」

 セシルは、初めてこちらを見た。


 冷たくも、勝ち誇ってもいない。

 ただ、静かだ。


「入学前から」

 それだけだった。


 その一言で、理解してしまう。

 自分たちが学園で学んでいた時間。

 彼らは、別の場所で積み上げていた。


「……止めるぞ」

 教員の声が、演習場に響いた。


「これ以上は、評価にならない」

 試合終了。


 勝敗は、明示されなかった。


 だが、誰の目にも明らかだった。

 ハルトは、剣を下ろす。


 腕が、重い。

「……俺が」


 言いかけて、やめた。


 言葉にすれば、

 完全に折れると分かっていた。


 エリオが、セシルの横に立つ。

 前に出ていない。


 だが、最後まで、彼が塞いでいた。

 モブ。


 そう思っていた相手。


 その背中が、やけに遠く見えた。

 観戦席。


「……学年上位、だよな?」


「だった、な」


 評価は、静かに書き換えられていく。


 派手な勝利はなかった。

 歓声もない。

 ただ。


 勝敗は、最初から決まっていた。


 それを、全員が理解してしまっただけだ。

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