第11話

 試合が終わっても、ハルトはしばらく動けなかった。


 演習場の中央。

 既に、次の準備が始まっている。


 周囲は前を向いているのに、

 自分だけが、取り残されている感覚。


(……負けた)

 言葉にすれば簡単だ。


 だが、今までの敗北とは、まるで違う。


 力負けじゃない。


 運でもない。


 最初から、勝負になっていなかった。

「ハルト……」


 エミリアが、控えめに声をかける。

 心配している。


 でも、それ以上、踏み込めない。

 ――当然だ。


 自分は、彼女を守れなかった。

 いや。


(……守らせてもらえなかった)


 セシルは、最後までエミリアを見なかった。


 敵としてすら、意識していない。

 それなのに。


 守る役割だけは、完全に奪われた。


 これ以上の屈辱が、あるだろうか。


「……先、戻ってて」


「え?」


「大丈夫だから」


 そう言うと、エミリアは少し迷ってから頷いた。


 彼女が去ったあと、

 演習場には、風の音だけが残った。


(……どうしてだ)

 頭の中で、何度も再生する。


 初手。

 半歩の位置取り。

 通らなかった魔力。

 全部、理解できる。


 理解できるからこそ――


 否定できない。


 自分の必勝パターンは、

 あの二人の前では、欠陥だった。


「……セシル」


 名前を呼んで、

 胸の奥が、少しだけ痛んだ。


 かつて、告白された。


 断った。

 その時は、正しい選択だと思っていた。


 だが。

(あの時、もし……)


 考えた瞬間、

 その思考を、無理やり止めた。


 違う。


 それは、逃げだ。


 彼女が強いから欲しい、なんて――

 そんなのは、選ばれる側の発想じゃない。


 それでも。


 視界の端で、二人の背中が見えた。

 セシルと、エリオ。


 並んで歩いている。


 特別な距離感じゃない。

 でも。


(……完成してる)

 言葉にしなくても、分かる。


 あれは、もう「ペア」だ。


 学園が与えたものじゃない。


 自分たちで選んで、作った関係。

 胸の奥で、何かが、ひび割れた。


「……奪われたわけじゃない」

 小さく、呟く。


「最初から、持ってなかっただけだ」


 理解はしている。

 納得も、している。

 なのに。


 目が、離れない。


 認めたくないのは、

 負けそのものじゃない。


 物語の中心に、自分がいないという事実だ。

 その夜。


 ハルトは、評価表を何度も見返した。


 そこには、はっきりと記されていた。

 ――学年上位。


 だが、その文字が、

 初めて、色褪せて見えた。


 ページの隅。


 備考欄に、追記があった。

 〈別枠管理対象〉

 そこに、

 自分の名前はなかった。


 あるのは。


 セシル・アルノルト。

 エリオ・フェルナー。


「……そうか」

 拳を、ゆっくり握る。


 敗北は、終わりじゃない。


 終わりにされたのは――

 自分の立ち位置だ。


 そして、その瞬間。


 ハルトの中で、

 執着が、はっきりと形を持った。

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