第9話
「――始め!」
教員の合図と同時に、演習場の空気が切り替わった。
ハルトは、迷わなかった。
(初手で、セシル)
指揮役を潰す。
判断を遅らせる。
それが、いつもの勝ち方だ。
踏み込みは最速。
剣先が、一直線にセシルを捉える――はずだった。
「……っ?」
一瞬。
視界が、ズレた。
いや、ズレたのは――
自分の判断だ。
踏み込む直前、エリオが動いた。
前に出た。
だが、攻撃ではない。
ほんの半歩、位置をずらす。
それだけで、ハルトの進路は塞がれた。
「邪魔だ!」
反射的に剣を振る。
だが、当たらない。
エリオは、避けていない。
最初から、そこにいない位置取りをしている。
(……速い?)
違う。
速いのは、判断だ。
「エミリア!」
「うん!」
支援が飛ぶ。
魔力強化。
いつもの流れ。
だが、その瞬間――
セシルが、初めて動いた。
詠唱はない。
派手な魔法もない。
ただ、地面に刻まれた魔力の流れが、一段階だけ歪んだ。
「……え?」
エミリアの強化が、途中で途切れる。
「魔力効率……?」
教員席が、ざわついた。
妨害魔法ではない。
破壊でもない。
通るはずの魔力を、通らなくしただけ。
「っ、もう一度!」
エミリアが詠唱を組み直す。
だが、その間に。
「右、来る」
セシルの声。
命令じゃない。
淡々とした、事実の共有。
それだけで、エリオが動く。
ハルトの剣は、また届かない。
(……なんでだ)
焦りが、初めて生まれた。
自分の動きが、読まれている。
いや――
読まれる前提で、配置されている。
「……嘘だろ」
反応速度。
間合い。
魔力消費。
数値で考えれば、こちらが上のはずだ。
なのに。
選択肢が、ない。
前に出れば、エリオが塞ぐ。
後ろに下がれば、セシルが流れを切る。
攻めようとするたび、
「その行動を取る理由」ごと、潰される。
「ハルト……?」
エミリアの声が、少し揺れた。
守られる側として、最適な位置にいる。
――だが、それが動かせない。
セシルは、エミリアを見ていない。
見ているのは、全体だ。
「……っ」
その瞬間、理解してしまった。
自分が、弱い側だと。
この戦いで、
自分が守るはずだった相手を、相手に守らせられている。
「……そんな」
剣を振る。
だが、当たらない。
いや。
当てさせてもらえない。
攻撃されていないのに、
戦況は、完全に支配されている。
教員席。
「……言葉が出ないな」
誰かが、そう呟いた。
「火力差で負けているわけじゃない」
「初手で……もう、詰んでいる」
それでも、試合は続く。
だが。
ハルトは、もう分かっていた。
この戦いは――
主人公ではなく、モブに完封されている。
その事実が、
何よりも、剣よりも、重かった。
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