第3話
グランヴェル学園の授業は、正直に言って――退屈だった。
「基礎魔力制御は、まず安定性を重視して――」
教壇の教員の声を聞き流しながら、私はノートに別のことを書いていた。
学園指定ダンジョン一覧。
推奨レベル。
出現モンスター。
報酬。
(やっぱり、ある)
前世の記憶と一致する、初心者向けの低層ダンジョン。
授業の合間や休日に、個人でも潜れるタイプ。
ただし。
(学園生は、ほとんど行かない)
理由は簡単。
効率が悪いから。
学園の授業とランク戦だけでも、十分にレベルは上がる。
ダンジョンは危険だし、評価にも直結しない。
――だから、みんな行かない。
だからこそ。
「……ねえ、エリオ」
放課後、人の少ない中庭で声をかけると、彼は少し驚いた顔をした。
「な、なに?」
「今日、時間ある?」
「え? あ、うん……あるけど」
言いながら、少しだけ身構えている。
相変わらず、分かりやすい。
「ダンジョン、行かない?」
「……え?」
一瞬、思考が止まったのが分かった。
「え、あの……学園の?」
「そう。低層の」
「でも、あそこ、効率悪いって……」
「うん。だから行くの」
私がそう言うと、エリオはますます困った顔をした。
「えっと……危なくない?」
「危ないよ」
「……行くの?」
「行く」
即答すると、彼は黙り込んだ。
断られるかな、と思った。
でも、しばらくしてから、ぽつりと。
「……一人で行くつもりだった?」
「ううん。最初から、二人」
そう言うと、エリオは耳まで赤くした。
「そ、そう……なら……」
視線を逸らしながら、小さく頷く。
「……一緒に行く」
その時点で、私はもう確信していた。
この人は、効率を考えない。
でも、逃げない。
――それで十分だ。
◇
ダンジョンの空気は、学園とはまるで違った。
湿った石壁。
薄暗い通路。
魔力の流れが、はっきりと感じ取れる。
「……ほんとに来たんだ」
エリオが、少し緊張した声で言う。
「うん。来たね」
「……えっと、前、どうする?」
「エリオが前」
「えっ!?」
即座に振り返ってくる。
「ぼ、僕、そんな前衛向きじゃ……」
「知ってる」
私は頷いた。
「でもね、あなた、反応速度だけは異様にいい」
「……え?」
「気づいてない?」
彼は、完全に固まった。
自覚がない。
でも、模擬戦や訓練で、無意識に回避していた。
それを、私は見ていた。
「私が後ろで全部見る。だから、エリオは“動けるように”動いて」
「……む、無茶言ってない?」
「言ってる」
即答すると、彼は苦笑した。
「……でも、分かった」
そう言って、剣を構える。
モンスターが出現したのは、その直後だった。
「左!」
「え、あ、うん!」
私の声に反応して、エリオが動く。
ぎこちないけど、速い。
「今、踏み込んで!」
「え、今!?」
「今!」
迷いながらも、彼は指示通りに動いた。
――当たった。
モンスターが崩れ落ちる。
一瞬の沈黙。
「……倒せた」
エリオが、ぽつりと言った。
「倒せたね」
私は、少し笑った。
(やっぱり)
火力はない。
派手さもない。
でも。
(配置さえ間違えなければ、強い)
万能だけど器用貧乏な私と、
素質はあるのに活かされない彼。
学園じゃ評価されない組み合わせ。
だからこそ。
(誰にも邪魔されない)
「……ねえ、セシル」
「なに?」
「これ、何回もやるの?」
「やるよ」
「……いつまで?」
私は少し考えてから、答えた。
「学園が、私たちを放っておけなくなるまで」
エリオは目を瞬かせて――
それから、少し照れたように笑った。
「……それ、結構、遠そうだね」
「うん。でも」
私は、ダンジョンの奥を見つめた。
「楽しいでしょ?」
一瞬の沈黙のあと。
「……うん」
小さく、でも確かな声だった。
こうして私たちは、
物語の外側で、静かにレベルを上げ始めた。
誰にも知られず。
シナリオにも書かれず。
――負けヒロインの、最短ルートで。
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