第2話

 ハルトに告白したのは、入学して少し経った頃だった。


 夕方の訓練場。

 人が減り始める時間帯。


 乙女ゲームでいうところの、好感度が一定以上で発生するイベント。


 条件も、場所も、台詞の流れも――


 全部、知っていた。

 だからこそ、変に緊張はしなかった。


「ハルト。少し、時間いい?」

「うん。どうした?」


 振り返った彼は、相変わらず爽やかで、真っ直ぐだった。


 これも、知ってる。

 深呼吸を一つ。


「私、あなたのことが好き」

 声は震えなかった。


 練習した言葉みたいに、すんなり出た。

 ハルトは少しだけ目を見開いて、それから困ったように笑った。


「……ごめん」

 即答だった。


「セシルは大事な仲間だと思ってる。でも、恋愛感情じゃない」

 ああ、うん。


 知ってる。

 この後、彼はこう続ける。


「きっと、セシルにはもっと合う人がいる」


 はい、来た。

 私は少しだけ笑って、頷いた。


「そっか。ありがとう、ちゃんと答えてくれて」

 拍子抜けするくらい、あっさり終わった。


 涙も出なかったし、胸が締め付けられることもなかった。

 ただ、ひとつだけ思った。


(あ、もう私はここで役目終わりなんだ)

 その日を境に、ハルトの隣にはエミリアが立つようになった。


 天然で、少し鈍くて、でも放っておけないヒロイン。


 シナリオ通り。

 私は、少しずつ背景に下がっていった。


 ――そして、入学式の日。


 あの時の光景を思い出して、妙に納得した。

(そりゃ、距離置くよね)


 もう振られている。

 もう選ばれない。


 だったら、これ以上踏み込む理由はない。


 むしろ、早めに線を引けたのは、ありがたかった。


 視線の先で、エリオが教員の説明を聞きながら、必死にメモを取っている。

 真面目で、要領は良くなさそう。


 でも。

(……この人、ちゃんと全部聞いてる)


 周囲がざわついても、流されない。

 誰かに合わせて動くタイプじゃない。

 攻略対象たちとは、真逆だ。


 私は、少し考えてから、彼の隣に移動した。

「ねえ、エリオ」


「え? あ、はい」

 びくっと肩が跳ねた。


 予想以上に反応が初々しい。

「このあと、模擬戦の説明あるでしょ。一緒に聞かない?」


「……えっと、うん。いいけど」

 少し戸惑いながらも、拒否はしなかった。


 その様子を見て、確信する。

 ――この人は、私を“ヒロイン”として見ていない。


 ただの、クラスメイト。

 それが、今の私にはちょうどよかった。


 乙女ゲームのシナリオは、もう知っている。


 誰が選ばれて、誰が振られるかも。

 だったら。


(私は、別ルートに行く)


 物語の中心じゃなくていい。


 誰かに選ばれなくてもいい。


 自分で選んで、

 自分で勝つ。

 エリオが、メモを見せてくる。

「ここ、よく分からなくて……このランク分けって」


「ああ、それね。実は――」

 気づけば、自然に説明していた。


 命令じゃない。

 指示でもない。


 ただ、並んで考えるだけ。


 それが、不思議と心地よかった。

 この時はまだ、知らなかった。


 この“モブ男子”と一緒に、

 学園の評価も、乙女ゲームの筋書きも、


 全部ひっくり返すことになるなんて。

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