第4話

 学園主催の交流行事――通称「親睦模擬戦」。


 乙女ゲームでは、ここで一気にイベントが加速する。


 ヒロインと攻略対象がペアを組み、

 距離を縮め、

 好感度が跳ね上がる。


 もちろん、私は知っていた。


(……今日だ)

 エミリアが少しそわそわしているのも、


 ハルトがやたら周囲を気にしているのも、


 全部、予定通り。


「セシル、一緒に組まない?」

 声をかけてきたのは、エミリアだった。


 少し控えめで、でも真っ直ぐな笑顔。


 ああ、やっぱりいい子だ。


「ごめん。今日は予定があって」

「え? でも、模擬戦……」

「うん。だから、頑張って」


 それだけ言って、私は視線を逸らした。


 ハルトが、少し驚いたようにこちらを見る。

 ――それも、知ってる。


 ここで引き止められるイベントがある。


 でも、条件は「ヒロインが未選択であること」。


 私は、もう違う。

「……セシル?」


 呼ばれても、足は止めなかった。


 ◇


「……ほんとに、帰るんだ」


 学園の裏門近くで、エリオが言った。


 手には、いつもの装備。

 もう慣れた光景。


「うん。今日は、行ける」

「模擬戦、出なくていいの?」

「出ない」


 即答すると、彼は少し笑った。


「……なんか、潔いね」

「そう?」

「うん。普通、ああいうの、気になるでしょ」


 私は少し考えてから、正直に答えた。


「もう、見なくていいから」

「……?」


 説明はしなかった。

 する必要もない。


 ダンジョンの入口で、エリオが足を止める。


「ねえ、セシル」

「なに?」

「……あのさ」


 少し、言い淀んで。


「その……一緒に行くの、嫌だったら、言って」


 真剣な顔だった。

 私は思わず、吹き出しそうになるのを堪えた。


「嫌なわけないでしょ」


「……ほんと?」

「うん。むしろ――」


 一瞬、言葉を選ぶ。


「今日は、エリオと行く方が、ちゃんとしてる」


 その瞬間。


「……っ」

 彼が、完全に固まった。

 顔が、みるみる赤くなる。


「え、えっと……」

「なに?」

「……いや、その……」


 視線が迷子になっている。

(あ、これ)

 内心、ちょっと楽しくなった。


「……セシルって、そういうこと、さらっと言うよね」

「そう?」

「うん……心臓に悪い」


 小さな声で言われて、少しだけ驚く。


「ごめん」

「……謝られると、もっと困る」

 でも、嫌そうじゃなかった。


 ◇

 その頃、模擬戦会場。


 セシルの姿がないことに、ハルトは気づいていた。

(……来ない?)


 エミリアはペアとして隣にいる。


 でも、どこか落ち着かない。


 ――セシルは、こういう時、必ずいた。

 少し後ろで、状況を見て、

 何も言わずにフォローする。


 それが、当たり前だった。

「……始めるぞ」


 教員の号令で、模擬戦が始まる。


 それでも、ハルトは一瞬だけ、観客席を探した。

 ――いない。


 その事実が、妙に胸に引っかかった。

 だが。


 その頃の私は、

 ダンジョンの奥で、レベルを上げていた。


 シナリオにいない場所で。

 誰にも見られず。


 ただ、確実に。

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