第3話 古臭い鍛冶屋なんてのは珍しい
初日だけは持ち込みが不可能だったため、学校の入口で預けていた得物を受け取った俺は、校舎の外に出て一息を落とし、空を見上げた。
昼飯、どうすっかな。
安宿なので飯が出ない。朝も昼も夜も、結局は外で食べるしかなく、台所を使って良いなんて許可も出ていないので、どうしたもんか。そのぶん、セキュリティは甘いものの自由度は高いので、収入を鑑みても宿を変える余裕はない。
人間、慣れるものである。セキュリティの甘さで宿が炎上しなければ、大丈夫。フラグじゃねえよ、あってたまるかそんなもん。
そう思ってたんだけどね、俺は。一秒でも早く飯食って休みたかったんだけどね。
「――エンディ」
声をかけられちゃあ、反応しないわけにもいかないわけで。
「おう、ルク……と、ラリリカ?」
「よう」
「エンディはこの街に長いでしょう?」
「長いって、せいぜい一年くらいなもんだぜ」
師匠から逃げてきたの、去年だからな。さすがに入学前に一度、顔を見せに行ったけど、たいして怒られなかったなあ。
「私も理由はありますが、ラリリカの得物を手配したいので、鍛冶屋を紹介してください」
「そりゃまた、率直にきたな」
「遠回しにしても仕方がないでしょう。塔の素材を基本的には使わない、腕の良い鍛冶屋を知っているのは察しています」
「なんで」
「預けていた得物が刀だったからですよ」
――ああ、それで。
つーか、やっぱ俺が学校に入るところから見てたのかよ、すげえな、おい。そりゃ普通の得物と違って鍛え方が特殊だからな、刀って。
「話が通るかどうかは、そっち次第だぜ?」
「構いません。それにほら」
両手を軽く合わせて、ルクはほほ笑む。
「あなた好みの小柄でかわいい少女とデートですよ?」
「それ以上にルクとラリリカは怖いから、対価にはならねえよ」
「言いやがる。あたしなんかより、お前のがよっぽどだろ」
「あ? なんで俺が」
「自覚してねえあたりが」
駄目だこりゃ、口じゃ勝てそうにねえ。
「オーケイ、じゃあ案内しよう。紹介できるほどの立場じゃねえけどな」
言い訳くらいはある程度、考えておくか? いや、通じるはずもねえか。
「両手に花です、もっと喜んでは? なんなら腕を組みましょうか」
「たっぷり毒が塗ってあるバラを抱きしめるような趣味はねえよ……」
「あらひどい」
そりゃかわいくはあるんだけど、やっぱ怖さの方が強いだろ、どう考えても。
まあいい。
二人を連れて向かう先は住宅街の一角。先に昼食をとろうかとも思っていたが、わざわざ遠回りをする必要はないだろうし、二人と一緒にいつもの食堂に行ったら、何を言われたものかもわからない。
平屋の民家、それが行きつけの鍛冶屋だ。
正面から見ても、奥に小さく煙突が見えるくらいで、鋼を打つ音がなければ普通の民家だと思ってスルーしてしまう。まあ、周辺の家はみな知っているので、本人は隠れているわけじゃない。
だからまず、俺は民家の玄関にある呼び鈴を鳴らした。
「おーい、いるかー?」
軽く声を出せば、すぐに反応があった。
「はいはい」
女性がからからと玄関の戸を開く。
「なんだい、エンディじゃないか――ん? あんたね、デートならもっと別の場所を選びなよ。まったくあんたと言い、師匠と言い、そういうところは疎いのかねえ」
「
「冗談さ」
「おやっさんは?」
「裏にいるよ、回って行きな。今日は焼き入れじゃないから、ちょっとくらい驚いたって大丈夫さ。そっちの怖そうな嬢ちゃんたちも、ゆっくりしていくといい」
「ありがとうございます」
ということで、庭にある飛び石を伝って裏側に回り、狭い中庭の奥に作業場がある。
今日も火は入ってるな。煙突から出ているのもそうだが、開けられた土間への入口から熱気が外へ洩れている。
「おやっさん、邪魔するぜ!」
声をかければ、鋼を打つ手を一瞬だけ止めてこちらを見ると、少し待っていろと言って作業を続けた。
年齢はたぶん、60くらいだったように思う。だいぶ体力がなくなって、暑い日の作業はやらんとか言ってたけど、俺からしたらまだまだ現役だ。
さて、少し時間が余るなと思っていたら、母屋の裏口から出てきた姐さんが、屋根のある場所のテーブルにお茶を置いてくれた。
「なにか食べてきたのかい」
「いんや、学校の初日が終わったとこ」
「そうかい。じゃあ軽く食べられるものも用意しとくから、ゆっくり待ってなさい」
「ありがとな、姐さん」
適当な丸椅子があるので、とりあえず座る。ただし彼女たちと距離は空けて、だ。
「ラリリカはどういう得物を望んでるんだ?」
「あー……どうかな」
俺が茶に手を伸ばしたのを見て、一息を落としたラリリカはようやく椅子に座り、お茶を飲む。ルクはこっちに耳を傾けてはいるものの、おやっさんの作業を見ている。
「そこも迷ってる。たぶんナイフ感覚で扱えるものの方が良いんだろうとは思っちゃいるが……」
「そこらへん、戦闘方法によるからなあ」
「基本、
「ああ、そういう。まあ難しいよな、そこらへん。魔物の方が種類は多いし」
「あと悪いな、あたしはあんま、会話とかそういうのも慣れてねえんだ。仕事以外は訓練って生活が長くてな。今の後見人になってから、ある程度は自由になった」
「――自由を与えておく見返りに、何かをさせようとしている可能性も考えていますか?」
「もちろん」
ったく、嫌な考え方だぜ。誰も似たり寄ったりだな、俺だってそうだ。嫌だけど考えなきゃならねえ環境に身を置いてるからな。
「俺にとっちゃ教会なんて、塔でえらく幅を利かせてるってイメージしかねえな」
「聖職者なんて名ばかりで、連中はただの銭ゲバ集団だ。塔に関して権利を持っているようでいて、中身は全部ただの言いがかり。都合の良いよう解釈してるだけ――まあ、クソッタレだな」
内部にいるやつのセリフだと、信ぴょう性があるっつーか……。
「そこまでわかってて、お前は教会所属なんだな」
「――、……なあ、暗示とか洗脳とか、そういうの調べられねえか?」
「確証は」
「ねえよ。ねえけど、ありうるし、あるだろ、そんな感じがする。ただあたしに仕掛けられてんのかは、わかんね」
「そういうことなら、ラールに頼むと良いですよ」
「あいつに? 信用できるのか? ――ああ、いや、そりゃお互い様か。それならこっちから信用しねえとな」
「明日にでも、人が集まっている時に話を持ち掛ければ良いでしょう。人目があるなら、悪いことにはなりません」
「俺から見れば、信用はどうか知らねえが、少なくとも悪さを考えるようなヤツはいねえよ。お互いに信用しないことが信用になるって場合もあるが、なんつーか、悪さをしたら排斥されるのは目に見えてる。しかも排斥がイコールで死亡だ、多少はそこらを加味しとけ」
「おう、そうするよ」
物騒な話をしてんじゃねえよと、鍛冶場から出てきた男は、タオルを手に取って首に巻いた。
作務衣の姿は見慣れている。
「待たせたか」
「いいさ、おやっさんの邪魔をしに来たわけじゃねえ。今回の俺は道案内だ」
「ふん、見せろ」
「はいはい」
刀を鞘ごと渡せば、すぐに引き抜いて表面を見ると、陽光から逃げるよう日蔭に入り、水平にして刃を見る。
「……許容範囲だが、歪んでるな。次の仕事が終わり次第、また来い」
「おう。学校で塔に入ることが確定してっから、それが終わったらまた顔を見せるよ」
「手入れは問題ない、ほれ返すぞ。――それで? そっちの嬢ちゃんたちが俺に?」
「ん……あたしが得物を探してるんだ。普段から使わないもんだから、何を持ったらいいのかわからなくてな」
「手を見せろ」
「わかった」
へえ、迷わず両手を見せるのか。こりゃ両利きだな……いや、そういうふうに矯正されてんのかな。
ちなみに俺は右利きで、左腰に刀を差してる。左手の方は、まあ使えなくもないレベルで、
「癖はねえが、使い込まれてはいるか。希望は?」
「刃物はナイフくらいしか使ったことはねえ。誰かに教わらなくても、ある程度使えるものが欲しい。想定は、対魔物だ」
「……いいだろう、まずは鉈を試してみろ。三日後にまた来い、それまでに作っておく。それと解体や作業用にナイフは持っておけ。小僧みたいにシャベルまで持ち歩けとは言わないがな」
「武器にもなるし、穴も掘れる。フライパン代わりにもなる優れものだぞ、あれは」
「知ってる、俺が打ったからな」
野営が想定される場合の荷物には必須なんだよ、あれは。
「いくらだ?」
「小娘が偉そうに言ってんじゃねえよ。試すだけなのに金を取れるか。どうしてもって言うなら、銀貨十枚がレンタル料だ。本腰を入れて使うようになったら、改めて制作してやる」
「わかった、頼む」
「おう――で、そっちの嬢ちゃんは?」
ただの付き添い……じゃ、ねえよなあ。もっと厄介な何かがあるんだろうと、俺は警戒してたんだけど。
ルクは。
どこからか取り出したソレを、サイドテーブルに置いた。
ごとん、と木の上に置かれる音の重さ、低さ、その音色はまさに、得物の怖さを表現しているようで、背筋に悪寒のようなものが走る。
「
「見るぞ」
「どうぞ」
斧、あるいは
目が離せない。視線が外せない。
軍部で使われている伝令用の四角い手旗をイメージさせる形状だ。長さもおおよそ70センチほどで、武骨な金属で作られている。
なぜ旗なのかと問われれば、握る部分が下部、つまり本来の握り手に加えて、旗がついている部分にも穴があり、そこも持てるからだ。隙間の作り方が非常に似ている。
そして旗の布がある部分は、刃そのもの。幅もそれなりにあり、下部は直角になっているが、上部へ行くにつれて曲線を描いており、先端には返しがあり、尖っていた。
――凶器だ。
どうやって扱うのかは定かではないが、斬る、突く、叩く、何をやっても殺すことができる、あまりにも凶悪な得物――そういう印象を抱いた。
「3キロ弱か」
呟きに近いのに、どこか強く放たれた言葉に、ようやく俺は呼吸を再開することができた。いかん、集中しすぎて息をするのも忘れるだなんて。
つーか。
「ルク、お前これ、振り回せるのか?」
「ええ、最近になってようやく、ですよ。今までは私の躰の成長に合わせた重量の、似たような得物を扱っていました」
長さとしては、ルクの指先から肩くらいか……本当に、どう扱う、か、――まさか。
俺の刀は1.5キロほど。これはまあ、そこそこ重い部類になるが、基本は両手で扱うものだ。
けれど、この斧は長物では、ない、つまり。
「片手斧だろ、これ」
「あ? 握り手の部分を両手で持つんじゃねえのかよ。だから上部も握れるんだろ?」
「そういう扱い方もしますが、基本的には片手です。何しろ――二本あるので」
両手でか、……想像もできねえな。
けど一つ、確信することはあった。
「
口を衝いた俺の言葉に対する、ルクの笑顔が答えだ。正解を引いたらしい……が、笑顔だけはかわいいな。中身が怖すぎる。
「いや、重すぎねえか? そんな細腕で持てるのかよ」
「そうか、基礎も知らないのか……」
「あ?」
「武器は躰の延長って聞いたことは?」
「ある……というか、そういうふうに訓練させられた。よく意味はわかってねえけど」
「俺が最初にやったことは、得物を持って重量を感じなくすることだ」
「ああ? つったって……重さはあるだろ」
「あるんだけどな。ラリリカ、左手を水平まで上げてみて、――腕の重さを感じるか?」
「そりゃ……」
上げてみて、ぴたりと止まり、それから戻す。
「重さはある、けどそれを感じない。……のはわかったが、なんでだ?」
「重量そのものが足の下にまで通っているからです。違いは多少ありますが、感覚的にはそういうものだと覚えれば間違いないでしょう」
「そっか、あたしもやってみる」
そりゃいいことだ、せいぜい練習してくれ。しなくても充分に扱えそうだけどな、鉈くらいなら。
さて。
おやっさんは斧を手に取り、じろじろ見ながら計測もしつつ、素材や作り方を調べており、途中で
姐さんとも少し話した。最近は面倒なトラブルはないと言っていたが、僅かにルクが目を細めていたので、こりゃたぶん、終わったあとにでも調べそうな感じだ。何かあるなら俺も手を貸したっていい、おやっさんにも姐さんにも、だいぶ世話になってるから。
お茶のおかわりもくれたし、俺は遠慮なく食べる。昼飯のつもりで。
以前は遠慮してたんだけど、それをやると残るだけでもったいないし、遠慮しないことが姐さんへの礼儀でもある。
――ごとり。
音を立てて再びサイドテーブルに斧が置かれ、ため息を隠すようにおやっさんはタオルで顔をぬぐった。
「ん……なんだ、飯があるのか」
気づいてねえほど、集中してたのかよ。で、ルクはひょいと持ち上げて、下ろす――その動作で、斧は消えていた。手品師かお前は。
「返事は?」
「急かすな。まずは――名前」
「ルクです」
「俺はブルドだ」
名前の交換か、きちんと対応するらしい――おい、煙草はまだよせよ。なんだ距離を取るなら、まあいいか。
「結論から言えば、俺に作ることは不可能だ。刺激はいろいろともらったが、技術自体が追い付くのに五年かけたとしても、現実的には難しいだろう」
「ええ、私も同意見です」
「その上で、
「ん……」
おっと、口を挟むのも場違いか。悪い、思わず声が出てしまった。
「判断基準はそれぞれだが、基本的に特注の代物は必ず、予備を作るものだ。本命と同じくらい力を入れた、仮に何かが起きた時の代わり――それを、影打ちという。うちなんかはともかく、古くから
「お、おう……」
それは師匠が内緒にしといたやつだろ、黙ってろよ。いや俺も知らない振りはするけど。
「正解です」
「俺を試したな?」
「あら、充分な勉強ができたでしょう?」
「ふん……」
おいおい、なーにが交渉担当だよネゴ、おい。
やっぱり思った通り、この程度のやり合いなら戦闘専門ができるじゃねえか。俺なら素直に、斧を見せて修理ができるかとか、おやっさんの作った――それこそ俺の刀とか、そっちを調べるけどな。
腕前を見る手段としちゃあ
「それで?」
「仕事はまたいずれ頼みます。それよりも、何か困っていることはありますか?」
「俺が? あったとしても、ガキに頼むほどのことはねえよ」
「そうですか」
面倒だと、顔に描いてあるぜ、ルク。
「では、そろそろ帰りましょうか。ご馳走様です」
「子供が遠慮するな、また来い。小娘は三日後だ、忘れるな」
「わかった」
それぞれ挨拶をして鍛冶場を去り、しばらく歩いてからラリリカが用事だと言って、別の道を歩いて行った。
その背中を見送りながら二人で歩いていたのだが――。
「エンディ」
「ん?」
僅かに、俺の近くに寄った。嫌な間合いだとは感じないながらも、爆弾を抱えているような気分で落ち着かない。
「ラリリカが気にしている部分、どう考えていますか」
ああ、それか。確かに本人には聞かせたくはねえな。
誰かに聞かれたくもない――つまり、暗示と洗脳の話だ。
「まあ、どうもこうも、されてるだろ。何しろ家に帰るんだから」
「そうですよねえ……」
銭ゲバ集団、なるほど俺もそれには納得だ。嫌っていて学校に通うのも、まあ頷ける。けれど、後見人と一緒に暮らしているんだろうし、何より未だにラリリカは教会所属だ。
抜けさせてくれない? それも一理あるが、たぶん抜けれないのだ。抜けようと意識した時に何かしらの意図が働いて、選択から除外されている可能性だってある。
「どのみち、時間はかかるだろ。やり方も知らねえけど」
「そこはラールに期待しましょう」
俺の仕事じゃねえのは助かるが、ラールにどこまで期待してんのかもわからんな。
わからん――が。
「ラリリカの付き添いをしてたのは、探りか?」
「そうですよ」
にっこり笑顔だなあ、おい。
「困っていたから手を貸したのも、事実です。本人を嫌っているわけではありませんが、教会でどのような立ち位置なのかは知っておく必要があったので」
こっちも責めてるわけじゃないし、その必要ってのは理解できる。
「事前情報は集めてたんだろ」
「目の前にある情報に価値がある場合もありますよ」
「どっちも鵜呑みにしなけりゃな」
「――んふ」
あ、おい、腕に抱きつくな。
「気に入りました」
「なにが」
「返事がです」
……ここで振り払えないのが、俺の弱いところなんだよなあ。師匠と暮らしていた時間が長いから、女性への扱い……は、ともかくとして、慣れてはいるんだけど。
いや。
師匠が悪いな、うん、そういうことにしておこう。
「学校、楽しくなりそうでうれしいです」
「そりゃ良かった」
俺は心労が祟って死にやしないかと、ひやひやしてるけどな。
ああ。
とりあえず、もういい、夕方くらいまで帰って寝るぞ俺は。
考えるのはそれからだ。
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