第2話 どんな状況かと言われれば

 最悪、その一言に尽きる。

 いや尽きたのはもしかしたら、俺の運なのかもしれない。天井を見上げながらぼうっとして、警戒も忘れて、もう好きにしてくれと態度で示す――ことに、俺自身が気づかないほどの間抜けっぷり。

 ……よし、状況を整理しよう。現実逃避を今からするんだ、いいぞ俺、その調子だ。

 俺がここ、ファブルリリ王国に来たのは、クソッタレな師匠から逃げるためでもあったが、年齢的に学生の身分が通用するようになったからだ。普通に学生としてのんびり暮らすなんて未来を、ちょっとばかり想像したから、現実にしてやろうじゃないかと、そんな感じである。

 で、推薦状はあったから門をくぐるのはそれで充分。あとはクラス編成のための簡単な試験を受け、当然のようスキルを持たない俺は、Fクラスに配属された。本校舎ではなくプレハブを使った校舎ってのには、なかなか、貴族主義じゃあるまいし、予想していたとはいえ馬鹿にされてるんだろうなと、そう思ったくらい。

 つまりこの時点で俺にとって頭を悩ますことは、何一つとして、一切なかった。

 入学式なんてものに出席するのも面倒で、適当に時間を潰してからプレハブに到着したのは、俺が最初だった。

 考えてみれば、たぶん、俺が来ることを見ていた連中が数人いただろうけど、その時点の俺は、今の俺は気づかなかった。そんだけ実力に差があったわけだ。

 平面で並んでいる机だったが、とりあえず中央あたりを選ぶ。はい悪手、これはダメ、けど何も考えなかった俺が悪い。

 一人、二人と教室に入ってくる。

 で、どいつもこいつも化け物だらけ。いやどう考えてもお前ら、学生じゃないだろ、こんなところに来るなよと言いたくなる。見た目だけは子供っつーか、俺と同じガキだが、もうなんていうのか、気配が違う。

 当たり前にしていて、普通を装っているのに、それを気づかせない普通なのだからお手上げだ。全員じゃねえよ? 少なくとも四人くらいはそうだったし、そうじゃなくても恐ろしい。

 ぴりぴりした空気はなかったが、全員が警戒しているようでいて、それを見せず、探り合いをしているようで、感じさせないなんて高度なことをやってる雰囲気。

 俺? いやできるわけないだろ、そんなの。ぱっと見て実力をざっくり判断するくらいがせいぜいだ。

 黙っているわけではなく、数人は談笑している。内容は世間話で、あの店の飯が旨かったとか、これから泊っている宿をどうするかとか、そういう話だ。

 俺を含めて、全員で九人。最後に入って来た小柄な少女は教壇に立ち、顔が見えにくいと思ったのか、資料らしきものを置くと、隣にずれた。

「はい、お待たせしました」

 小さめの眼鏡をつけた彼女は、たいした緊張も見せず、笑顔を見せる。

「Fクラスの担当になった、教員のキココです。科目としては座学全般ですね。ではまず、それぞれ挨拶をしていただきましょう」

「おう、じゃあ俺からな」

 俺の一つ前の席に座った男が立ち上がり、こっちを――いや、全体を見渡した。

「俺と、そいつと、そっちの三人でよく行動してる。交渉や雑事担当が俺だ、名前はネゴ。よろしくな。――次、キリな」

 ネゴが席に戻ると、しばらく無言が続き、おい、と呼びかけると、ぼうっとしていた男は思い出したように。

「……あ、俺か」

 ようやく気付き、立ち上がって。

「あー、ええと……ああ、そう、キリだ。役割は斥候スカウト、情報収集と暗殺なんかをやってる」

 そこですぐ、すとんと座り直し、頬杖をついてしまった。独特な間合いだ、なんかこう、のんびりしてるように見える。

 っていうか、暗殺だと? 冗談にゃ聞こえねえからタチが悪い。

 どう考えても化け物なんだよな、こいつら。交渉と雑事担当? 笑える話だ、笑うしかねえよこんなの。

 ――だからって、たとえば情報収集や暗殺ができない、などとは口にしないんだからな。

 このあたりでもう、俺は半分くらい諦めてた。どうしようもない、魔物の群れの真ん中に、ぽいっと放り投げられた時よりも希望が見えない。

 三人目は女性だ。

「はいはい、私はルク、役割は戦闘メインです。あとは最終決定権――そっちの二人の手綱を握っています。言うほど意思決定に関して、すれ違うことはそうありませんが。ま、よろしくお願いします」

 戦闘メインかあ。

 ……だろうよ、なんか怖いし、この感覚を信じよう。

「はいはーい、次ねー」

 こちらは、キココほどじゃないにせよ、小柄な女性だ。

「メーニア、盗賊ね。獲物の選択は金額じゃなくて、盗品を狙ってるかなあ。ま、状況によりけり。殺しもそこそこやるけど、専門じゃないかな。よろしく」

 続いては男性。

「ラールだ。正式な仕事はしていないが……歴史調査、いや、俗な言い方になるが世界を知ろうと研究している。フィールドワークの時に手を借りるかもしれないが、資金は多くないから報酬は期待しないでくれ」

 次――。

「グリッド、冒険者。まだ駆け出しだ、塔に登頂はしてない」

「キュウだ。あー……僕のことは、情報屋のようなものだと思ってくれ。仕入れも売りもやってる」

 そして最後の女性。

「ラリリカ、こんなでも教会の――落ちこぼれだ。仕事は同族殺しミラーハント、そのくらいしかやれることがねえって、烙印を押されてる」

 いや、最後は俺か。

 俺かあ……現実逃避の時間、終わっちまったよ。本当に最悪じゃねえか。

「あー、エンディだ。普通の、ごくごく一般的な、スキルのない落ちこぼれた学生だよ。よろしくな……」

 言って、席に座れば前にいたネゴが笑いながら振り返った。

「一般的な? なに言ってんだエンディ、どう考えてもお前の鍛え方は一般のそれじゃねえだろ。誰かに師事してるよな?」

「おう……」

 そこまで見抜くのかよ、本当にこいつらは……。

「クソッタレな師匠にな。お前らがどうかは知らないが、俺だって昔は憧れもあって、スキルが欲しいなんてことを考えてた。で、じゃあ教えてやるって師匠に拾われて最初にやったのは、ろうそくの火を手で掴んで消せ、だ。熱くて軽いやけどもした」

「ははっ、それで火の耐性がちょっとだけ上がったってか?」

「おうよ。次は物理耐性はどうだと、あのクソ女、誇張なく俺を半殺しにしやがった」

「ひどい師匠がいたもんですねー」

「おい、軽く言ってくれるじゃねえか。どう見てもちびっ子のあんたを、本当に教員なのかとまだ疑ってるぜ俺は」

「それもひどいですねえ」

 ふむと、背後から一声。

「だが間違ってはいないな」

「んだよラール、確かにちびっ子だが見た目だけってちゃんと俺は配慮したぜ?」

 内心で、キコちゃんと呼ぶことを決定したけどな。

「そちらではない。む……いや待てよ」

「待たなくても大丈夫ですよー」

「そうか。いやなに、スキルの獲得方法の話だ。私も似たようなことをしてきたし、ここにいる連中もそうだろうが――そもそも、学校の授業とはそういうものだろう、キココ」

「はい、そうです。現時点で判明していることとして、外、こちら側で剣術が得意な人は、塔の内部で剣術スキルを獲得できる可能性が非常に高くなっています。そのため学校では、本人の適正を考え、その体術を伸ばす方向での訓練をします。これは逆でも似たようなことが起きていますね」

 お、さすがは教員だな。すらすらと出てくる。

「あちらで獲得した剣術スキルに関しても、体術、躰の運動のみに焦点を当てた場合、こちら側で再現することは不可能ではありません。付随する効果などはもちろんありませんが」

「なあキコちゃん、そのへんさ、なんつーか……?」

「というと?」

 いや、だからさ。

「あはは」

 メーニアの笑い声。ちらりと見るが、声だけでぜんぜん笑ってねえ。怖いぞあんた。

「ガキが棒っきれを振り回して遊んでるのと同じじゃんね。大人になったんだから、自前の棒を使って腰でも振ってりゃいいのに、凶器を片手に遊び始めた。――お笑いぐさだね」

 棘のある言い方だが、間違っちゃいねえな。

「環境が変われば人も変わる。簡単にその可能性が掴めるなら、そちらに流れたくもなるだろう。ただ、それがすべてだと勘違いしているようでは、話にならんが」

「――言っちまえば」

 こいつは簡単な話で。

「よくわかんねえ塔の中で使える、スキルなんて得体のしれないものに、一喜一憂してんのは、正常なのかってのは疑問だろ。スキルが使えない負け惜しみじゃなく、だ」

「エンディ、殺意が滲んでるぜ?」

「おっと、悪いなネゴ。誰かを殺したいわけじゃないんだ」

 そうだ。

 ただ、あのクソッタレな塔を壊したいだけだ。

「その塔にですね、だいたい一ヶ月以内に行くのですが、三人三組くらいにして欲しいんですよ」

「あ、それってタイミング、こっちで指定できない?」

「一度くらいならねじ込めますよー」

「あたしの仕事があってさー、相手が塔に入るタイミングでこっちも行きたいから」

「お、じゃあキリを連れてけよ、メーニア」

「いいよー。あとは、じゃあラリリカちゃんかな? どう?」

「いいぜ、免罪符は出せねえけどな?」

「期待してないから大丈夫」

 なんか勝手に一組決まったな。

「俺はエンディと、ラールはどうよ」

「私は構わん」

「俺の意思はどこだネゴ」

「誰が一緒だって同じだろ。残ったのはルク、グリッド、キュウか。そっちは?」

 確かに、ほぼ初対面みたいなものなのだから、誰だって同じだ。残った彼らも、文句はなさそうだった。

「ではそれぞれ、メーニアさん、エンディくん、ルクさんに連絡しますね」

 なんでそこで俺なんだ――おいキコちゃん、笑ってんじゃねえよ。

「次に戦闘訓練の担当が来るので、顔合わせをしておいてください。わたしは手続きがあるので、今日はここまで。明日からは座学もありますが――いえ、明日にしましょう」

 それではと、彼女は出て行った。

「…………」

「あ? なんだエンディ、ああいう女が好みか?」

「おう、どっちかと言えば好きな部類だぜ。小柄だし、ガキじゃなく賢い。なんかこう、底知れない感じもあるけどな……」

 それはキコちゃんに限らず、だが。

「つーか、マジなんなんだよ。俺だけ一般人じゃねえか」

「そうでもねえって話はしただろ、諦めろ。それに、グリッドやラリリカだって似たようなもんだぜ? ここに来る前に、全員のプロフィールを探って頭ん中に入れてないのは」

「私を忘れるなネゴ」

「おっと、ラールもそうか。となりゃ半数だ、よかったなエンディ」

 よくねえよ。なんの基準だそりゃ。ラリリカは教会の暴れん坊で、グリッドは現役冒険者だろ。ラールはよくわからんが、ともかく俺をそこに並べるな。

「逃げてえ……」

「足抜けが簡単にできると思うなよ?」

「半年後に言ってくれ」

 いっそスキルを獲得すりゃいいとも思うが、それ自体は簡単だがそれ以降が面倒だ。師匠に顔向けできなくなるし、俺の目的とも合致しない。

 どうしたもんか。

 この中でうまく動ける自信はまったくないし、大した企みがあるわけじゃないにせよ、予定とはだいぶ違った雰囲気だ。

 初日から何たる疲労。こりゃ宿に戻ったらすぐ寝そうだ。

 ああ、そういえば拠点、どうすっかな。稼ぎがあるから今の安宿でもいいんだけど、学生となりゃ寮……いや共同生活は気の休まる暇がなさそうだし、学業と仕事が両立できりゃいいんだが。

 適当に会話をしつつ、いろいろと考えていたら、男が一人入って来た。

 ぱっと見て、鍛えてある躰なのに、それほど大きく見えない。太ってはいないし、筋肉質だろうけれど、細身に見えた。背丈は一般的――キコちゃんが言ってた、戦闘の教員か。

 しかしそいつは、入った瞬間にぴたりと足を止めると、呼吸を止めた。よくある驚きの表現だが、顔に出さないのは処世術か、あるいは意識してのものか。頭を掻いて教壇の横にあるパイプ椅子を引っ張り出すと、どっかりと座って頭の後ろで手を組み、天井を見上げた。

 俺らからだと、横顔が見える。

「……あ、戦闘訓練の担当をする、ラスクだ。基本的に俺の時間は自主学習に当ててくれ、俺が教えられることはねえよ。――質問は?」

 おいおい、初日から職務放棄かよ。わかるぜラスク、俺もそんな気分だ。

「じゃあ俺から。ツラと名前くらい覚えろよラスク、俺はネゴだ」

「ネゴ? ――ああ、交渉役ネゴか? まあいい、内容は」

 交渉役……偽名か。その発想はなかったな。

 じゃあ、キリとルクは? ――駄目だな、すぐには思いつきそうにない。

「教員連中の中での、キココの立場。ついでにあんたも」

「へえ……」

 椅子の向きを変えて、こちらを見た。なかなか愉快そうな顔だ、悪意はない。

 この雰囲気、登頂者だろ。たぶん現役で通じる感じの。負傷引退って感じでもなし、なんか理由がありそうだな、こいつ。

「確かに、Fクラスの担当なんざ外れみたいなもんだが、俺もキココ先生も、望んでここにいる。立場で言えば、そうだな、少なくともキココ先生は煙たがられてるな」

「理由は?」

「それは俺が訊きたいな」

「ま、優秀すぎるからだろ。アレのことを少しでも知れば、誰だって気づく。座学全般? 普通なら、全般なんて言葉は使えねえ」

「そうだな、しかもそれを彼女は自覚している。だから良い意味で孤立はしてるんだろう。関わりたくないって意味合いでな」

「教員連中の弱味を握ってるあんたとは違って?」

 言えば、ラスクは苦笑した。

「――まあな」

 肯定すんのかい。

「どうであれ楽なんだよ。お前らの先輩、Fクラスってのは基本的に一年以内に誰もいなくなる。あー去年から一人残ってるが、ありゃどっちかっつーと、道楽だな。逆にお前らは、そういう目的で集められたと言われても、疑問を持たねえよ」

 うん、それは俺も思う。

 ……俺はともかくね? こいつらおかしいって。

「スキル至上主義がいるだろ、教員にも

「おう、頭の固い連中な。たまに嫌味も聞くが、それだけだな。あくまでも俺は、だが。それでも戦争は塔の中じゃ始まらないさ」

 そりゃそうだ。

 塔は世界に四ヶ所、それを奪いたい国だってあるだろう。今は外交努力で鎮静化してるが、いつまでそれが続くかなんてわからない。

 その時に前線に出るのは兵士であり、騎士だ。戦場は塔のようスキルの使える場所じゃあない。

「面倒を起こすんなら、事前に一声かけてくれ」

「巻き込むためにか?」

「いんや、覚悟だけ決めておけば驚かずに済むから」

「覚えておいたらな」

 聞きたいことは、それで充分だったらしい。俺は今すぐ聞かなかったことにする。

 巻き込むなよ、知らないからな。

「はいはい、じゃあ次、あたしから。順次、塔に入るって聞いてるけど、まさか散歩じゃないでしょ?」

「ああ、スキルの把握やら実地研修やら、いろいろだ。ここは国からの認可が下りた、塔へ入れる学校の一つだからな」

「初回登頂時の損害――じゃなかった、被害はどんくらい?」

 損害、ね。

 人を資源として扱うのは軍属の特徴だが、あえて間違えた可能性もあるし、一応メーニアは自分のことを盗賊と言った。

 ……いや、深読みはやめておこう。

「Fクラスに関しては半数だな。登頂者に遊ばれることも含めて。ほかの連中も怪我だけなら半数以上、死亡は、まあ、出ない年はねえな」

「それって人的被害? それとも魔物の被害?」

「それ、区別する必要があるか?」

「場合によっては」

「慎重だな。俺の意見ってだけじゃなく、それほど深く調査はしねえよ。何しろ入学時、それから初回登頂時には、必ず契約書を作るだろ。死んでも文句は言いませんってな」

「――よう」

 ちょっと気になったので、口を挟む。

「その被害ってやつの中に、登頂者は含まれてんのか?」

「第一階層で困るような連中を護衛にはさせねえよ。もちろん、事故はあるだろうけどな」

「そうか、悪いな続けてくれ」

「いいよー、あたしも同じこと訊こうとしてたし」

 ああ、つーことは似たような考えもあるって話か。

「今日はこれで終わりだ。本当なら得物の選択やらなにやらで時間を使うんだが、お前らには必要ねえだろ。もう帰ってもいいぜ、俺はそれを確認したら出てくから」

 やることはやった、――ってことか。

 うん。

 じゃ、俺も帰ろう。今すぐに、一秒でも早くこの場から逃げ出そう。

 やるべきことをすべて棚上げして、今日は帰って寝てやる。


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