俺たちにはスキルがない

雨天紅雨/雨傘あめ

第1話 まさに戦場が見えている

 おいおい。

 おい、どうなってんだこりゃ――。

「ん? どうしたエンディ、顔色が悪いぜ」

 なんの冗談だ、こいつ。目の前に並んだ、ざっと目算したところで百は軽く越えているだろう魔物の群れ。どういうわけか動かず、まるで隊列を組んでいるかのよう、俺らを睨んでいるやつらを前にして、顔色が悪くならねえお前らがどうかしてんだよ。

「俺らのクラス、全員参加だっけ?」

「あまりの状況に記憶まですっ飛んだってか?」

「そうだよ! だいたい、なんでこいつらは攻めて来てないんだ?」

「そりゃお前、前線であっちの大将と、ルクが睨めっこしてるからだろ。あいつは我慢強くないぜ? こらえ性もねえから、すぐにでも戦闘を始めたっておかしくはない」

 つーことは何か、ルクの気分次第ですぐにでも開戦ってか。

 どうなってんだ、というよりも、何でこんなことに、と叫んでいいかもしれん。いいよな、言っても何も変わらんけど。

「あークソッタレめ!」

「おーい、何をそんなに興奮してるんだ? たかが四階層の魔物が勢ぞろいしてるだけの話じゃねえか」

「あ? 一般の登頂者じゃあここまで来れるわけもねえから、ほかの被害を考えずにやれるって意味で言ってんじゃねえだろうな?」

「正解」

 拍手すんな。

「ここ半年で、随分と俺らの行動もわかるようになったなあ」

「行動はわかんねえよ。言葉の裏を読めただけだ。なに、これも成長ってやつ? いらんぞ正直。返品先を教えてくれや」

「お前の母親の腹ン中なら受け付けてくれるかもだぜ」

「馬鹿野郎、俺に死ねってのかよ」

「ははっ、ご愁傷様。――で? どうするんだ?」

 わかってる。わかってるから先延ばしにしたいんだよ、一秒でもな。

 大きく、深呼吸を一つ。

「撤退にはまだ間に合うんだな?」

「おう、今なら充分にな。だいたい、俺ら三人ならこの程度の状況、いくらでも切り抜けられる。方法、パターンも簡単から難しいまで、より取り見取りだ」

 だが、それはここに来てる全員が否定するってのは、わかってる。俺も含めて、望んでやって来てるわけで、こういう状況を望んで、経験したいと思っていた。

 そのために命を賭けることも承知の上で。

「……待て、全員つったよな? もしかしてキコちゃんも?」

「そりゃいるだろ、教員なんだし。俺らのクラス担当なんだから」

「マジかよ」

「はらはらして落ち着きがない姿が想像できるだろ? はは、よくキココは胃が痛くならないもんだ。俺らの相手してりゃ、食事が喉を通らなくなりそうなのに」

「頭痛はしてそうだけどな。さすがに最後方か?」

「いんや、キュウと一緒」

「あの情報屋もどき、戦闘力ねえだろ。いやでも後方だな、ラールもいるしなんとかなるか」

「――キココの心配はすんな。あれはお前が思ってるより強い」

「そうなのか?」

「言うなよ? 戦闘能力がないのは事実だが、あの女、単独登頂記録は11層だ」

 冗談だろ……? 公式記録が三十年くらい前の7層だぞ、とんでもねえな。

「ま、一般的な登頂者なら、スキルを使って広範囲攻撃でも仕掛けるんだろうな。けど、それをやった時点で、ほかの勢力まで敵に回る」

「やっぱいるよな、こいつらだけじゃなくて」

「興味津津ってところさ。けど安心しろ、上へ行くために必要な実績は、一つの勢力への勝利って条件だけだ」

 各階層の突破条件か、今はそんなこと考えてる暇はないし、そんなのは副産物だ。

 俺たちは。

 こいつら三人が見ている景色を――戦場を、ただ知りたかっただけだから。

「――よし」

はらは決まったか」

「んなもん、最初から決まってたさ。じゃなかったら、こうなる前に逃げてる。やってやろうぜ、生き残るってやつをな」

 そうだ。

 俺たちは、勝つためにいるんじゃない。負けないために、死なないためにここにいる。

「やろうぜ、ネゴ」

「わかってるだろうな? 俺らは前衛、後ろの森に隠れながらゲリラ戦闘。どうしても無理なら撤退、最後は相手のリーダーをルクが殺して、そっから反転攻勢」

「流れは頭に入ってる」

「オーケイ」

 ため息交じりに言ったネゴは、苦笑した。そりゃそうだろう、俺たちが死なないため、生き残るためにここにいるなら、こいつらは俺たちを死なせないために、ここにいる。

 頼ってはいけない。

 誰かを守ることは難しく、そして、死ぬことも容易いものだから。

「――始めろ」

「諒解だ、クラスリーダー」

 そいつも俺が望んだんじゃなく、お前らが半ば押し付けたようなもんだが、クソッタレめ。軽口を返す余裕もなけりゃ、否定する暇もなさそうだ。

 だから俺は、腰から刀を引き抜いた。

 ネゴが細い笛を取り出し、口にくわえて吹く。甲高い音色が周囲に響き渡るのを聞いて、とりあえず俺は笑った。

 緊張もしてる。普段通り動けるかどうかなんてわからない。極限状況なら、せいぜい七割くらいなもんか。

 だが、どうであれ、戦闘なら笑え。声に出さなくてもいい、口元だけで充分だから、笑え。

 それが。

 俺の師匠から聞かされた、最初の教えだ。

 あー、そのあと訓練でさんざん殴られたのを思い出したら腹が立ってきたな!

「動くぜ」

「おう」

 やってやる。

 いや――。

「やるぞ」

 全員で、この戦場を生き抜いてやる。


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