第8話 原初文書への到達
世界の中心は、
地図には
存在しない。
だが、
文章としては、
確かに
そこにあった。
◆
スキル庁との
衝突から
数日後、
俺たちは
人の
行き交わない
山道を
進んでいた。
目的地を
決めた
わけでは
ない。
ただ、
文字の
流れが、
こちらへ
導いている。
そうとしか
言えなかった。
◆
頭痛が、
今までとは
比べ物に
ならない。
視界の
奥で、
世界が
二重に
見える。
現実と、
文章の
裏側。
俺は、
境界を
踏んでいた。
◆
谷の
最奥。
岩に
囲まれた
空間に、
何も
ない。
だが、
俺の目には、
びっしりと
文字が
刻まれている。
空間
そのものが、
文書だった。
◆
「……ここが」
グレンが
息を
呑む。
リリアは、
無言で
立ち尽くしていた。
彼女には、
全文は
見えない。
だが、
異常だけは
理解できる。
◆
――原初文書。
世界が
生まれる前に
書かれ、
今なお
修正され続ける
文章。
神殿でも
玉座でも
ない。
ただの、
編集室だ。
◆
近づくと、
無数の
行が、
俺を
避ける。
拒絶では
ない。
警戒だ。
まるで、
同種を
見つけた
編集者が、
距離を
測るように。
◆
文字に
触れた
瞬間、
情報が
流れ込む。
世界の
試行錯誤。
成功した
文明。
失敗した
歴史。
削除された
種族。
採用されなかった
法則。
◆
完璧な
世界など、
一度も
存在していない。
原初文書は、
無数の
「もしも」を
切り捨て、
今の形を
保っている。
安定の
代償として。
◆
俺は、
膝を
ついた。
重すぎる。
この文章量は、
一人が
背負える
ものでは
ない。
神とは、
人格では
なく、
負荷そのものだ。
◆
「……全部、
直せる」
ふと、
そんな
考えが
浮かぶ。
悲劇を
消し、
争いを
削除し、
欠陥を
修正する。
理論上は、
可能だ。
俺の
力は、
ここでは
制限を
受けない。
◆
だが、
その先を
見た。
修正後の
世界。
誰も
迷わず、
誰も
悩まず、
誰も
選ばない。
完璧だが、
文章として
閉じている。
余白が
ない。
◆
それは、
世界では
なかった。
完成した
原稿だ。
読まれるだけの。
◆
俺は、
理解した。
原初文書は、
未完成で
あることを
選んでいる。
だから、
人は
苦しみ、
選び、
書き足す。
その余白を
奪えば、
人は
生きられない。
◆
「……触るな」
グレンの
声が、
遠く
聞こえた。
俺は、
手を
引く。
だが、
一行だけ、
目に
留まった。
文末に
近い、
目立たない
一文。
◆
《世界は、
編集不能である》
それが、
最大の
虚偽だった。
◆
俺は、
震える
指で、
その一行を
見つめる。
今は、
消さない。
まだ、
時では
ない。
だが、
理解した。
最終的に
書き換える
べきものは、
力でも、
秩序でも
ない。
概念だ。
◆
背後で、
気配が
動いた。
セレスだ。
彼女も、
ここまで
辿り着いた。
息が
荒い。
真偽判定が、
狂ったように
揺れている。
◆
「……あなたは、
ここまで
見てしまった」
彼女は
そう
言った。
否定は
しない。
◆
「なら、
殺すか」
「拘束するか」
「……それとも」
俺は、
言葉を
切った。
「一緒に
考えるか」
◆
原初文書は、
沈黙している。
神は、
判断を
委ねた。
異端の
編集者と、
秩序の
管理者に。
◆
俺は、
ここで
すべてを
終わらせる
つもりは
ない。
ただ、
一行だけを
残すために、
ここへ
来た。
◆
世界には、
余白が
必要だ。
書き換え
られる
可能性そのものが。
それを
奪う文章だけは、
いつか、
必ず。
――削除する。
その決意を
胸に、
俺は、
原初文書から
離れた。
最終章へ
向かうために。
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