第6話 文章でできた神
それは、
夢から
始まった。
眠っているのか、
起きているのか、
判別が
つかない。
ただ、
白い空間に
文字だけが
浮かんでいた。
◆
無数の文章。
縦書きでも
横書きでもない。
意味を
持たない
配置で、
しかし
意味だけは
確実に
流れ込んでくる。
読めない。
だが、
理解できる。
それが、
異様だった。
◆
――原初文書。
誰かが
そう呼んだ
記憶が、
脳裏を
よぎる。
神。
人格を
持つ存在では
ない。
ただ、
世界が
成立するために
必要な
文章の
集合体。
◆
目が
覚めると、
冷や汗を
かいていた。
胸が
苦しい。
頭痛は、
もはや
日常に
溶け込んでいる。
だが、
今回の
それは、
質が
違った。
世界の
深部に、
触れて
しまった感覚。
◆
「……見たか」
グレンが、
焚き火の
向こうから
言った。
彼も、
眠れて
いない。
視線が、
地面では
なく、
空を
彷徨っている。
「何を」
俺が
返すと、
彼は
短く
息を
吐いた。
「……文字だ」
◆
俺は、
息を
止めた。
リリアも、
小さく
頷いている。
彼女も
見たのだ。
同じ
ものを。
◆
俺は、
理解する。
俺の
編集は、
局所的な
改変では
終わらなかった。
世界の
基盤が、
揺れた。
原初文書が、
こちらを
認識したのだ。
◆
その日から、
世界の
見え方が
変わった。
人の
スキル文書の
奥に、
さらに
深い層が
見える。
個人の
文章の
集合が、
巨大な
文脈を
形成している。
国家。
歴史。
運命。
すべて、
文章の
連なりだ。
◆
スキル庁の
動きも、
明確に
なった。
追うのでは
ない。
塞いで
いる。
情報。
街道。
港。
俺たちが
辿れる
文章を、
一つずつ
削除して
いく。
まるで、
原稿を
整理する
編集者の
ように。
◆
「……同業者か」
俺は、
乾いた
笑いを
漏らした。
世界を
保つ側の
編集者。
世界を
直そうとする
異端の
編集者。
対立は、
必然だった。
◆
その夜、
俺は
一人で
目を
閉じた。
意識を、
あの
白い
空間へ
向ける。
危険だと
わかっている。
だが、
知らなければ
進めない。
◆
文字が、
集まる。
削除された
可能性が、
黒い
影となって
漂っている。
選ばれなかった
未来。
生まれなかった
才能。
救われなかった
命。
原初文書は、
それらを
切り捨てて
成立していた。
◆
完璧では
ない。
むしろ、
不完全だから
安定している。
余白を
持たない
文章は、
破綻する。
だから、
世界は、
初めから
犠牲を
含んでいる。
◆
――なら、
俺は、
何を
している。
救っている
つもりで、
別の
可能性を
消している
だけでは
ないのか。
問いが、
突き刺さる。
◆
目を
開くと、
夜明け
だった。
リリアが、
隣に
座っている。
「……全部、
直さなくて
いい」
彼女は、
静かに
言った。
「直せる
ところだけで
いい」
◆
その言葉が、
救いだった。
神の
仕事を
する必要は
ない。
原初文書を
完成させる
義務も
ない。
誤字を
見つけた
一行だけ。
◆
俺は、
決意する。
世界の
全体を
書き換えない。
原初文書に
手を
出さない。
だが、
その周縁で
起きる
明確な
欠陥には、
目を
逸らさない。
◆
遠くで、
鐘の
音が
鳴った。
町だ。
誰かが、
捕まった。
スキル狩り
ではない。
スキル庁の
やり方だ。
◆
グレンが、
剣に
手を
かける。
リリアが、
立ち上がる。
俺は、
深く
息を
吸った。
神が
文章なら、
俺は、
その
余白に
書き込む
存在で
いい。
◆
原初文書は、
沈黙したままだ。
だが、
確かに
見ている。
異端の
編集者が、
どこまで
行くのかを。
その視線を
感じながら、
俺は
歩き出した。
次の
誤字が、
人を
壊す前に。
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