侵食するソーダブルー

ホームルームが終わると同時に、鈍いアスファルト一色に塗りつぶされていた

空気が一気に爆ぜた。


「ねえ、写真見せてよ!」「北海道、超羨ましいんだけど」

椅子が床を擦る濁った灰色の音を、理香の友人たちが放つ鮮やかな色のの歓喜が塗りつぶしていく。

彼女の周囲には、すでに厚い「ソーダブルー」の膜が張っていた。

理香が声を出すたび、その鮮やかな青は飛沫となって飛び散り、友人たちの肩や髪にべったりと付着していく。

けれど、なぜか私の目にはそれが、美しい贈り物には見えなかった。

なぜなら、付着した青色の下で、友人たちの本来持っていた「声の色」が

窒息するようにぐにゃりと歪んでいるのが見えたからだ。


「……ほら、これ。小樽の運河。夜ですごく綺麗だったんだよ」

理香の声が一段と高くなる。視界の端で、鮮烈な青が教室の蛍光灯を反射してぎらりと光った。

その瞬間、私は奇妙な光景を目にした。

理香の隣で「すごい、綺麗!」と声を上げたクラスメイトの、本来は柔らかな

向日葵色をしていたはずの声が、理香の青に触れた瞬間に、どす黒く変色したのだ。

それはまるで、強すぎる着色料が、繊細な水彩画を台無しにしていく過程を見ているようだった。


理香の「青」は、他人の色を許さない。周囲の人間を自分と同じ色に染め上げ、彼女というキャンパスを彩るための背景に変えていく。

(……気持ち悪い)

喉の奥で、鉛のような重苦しさがせり上がってくる。

お土産をもらえなかったことへの「惨めさ」は、いつの間にか別の感情に

変質していた。


境界線の「内側」に招かれた彼女たちは、理香の鮮やかな色に侵食され、

まるで個性を剥ぎ取られた操り人形のように見えた。彼女たちの笑顔は、理香の青い光に照らされて、プラスチックのような無機質な質感を帯びている。

ふと、理香の手元が見えた。

友人たちにスマートフォンの画面を見せている彼女の指先。

あんなに鮮やかな声を放っているのに、その指先だけは、血の気が引いたように白く、色が抜け落ちていた。

まるで、声にすべての色彩を注ぎ込みすぎて、自分自身の本体は空っぽになってしまったかのように。


「……あ」

一瞬、理香と目が合った気がした。

極彩色の喧騒の中で、彼女の瞳が一瞬だけ、助けを求めるような「無色」の光を放った。

けれど次の瞬間、彼女は再び、喉の奥から絞り出すようにして、まばゆいばかりのソーダブルーを教室中にぶちまけた。

私は逃げるように席を立ち、教室を後にした。

私の喉を焼く熱い痛みは、もはや疎外感によるものではなかった。

それは、自分の心にペンキを塗り続けて、本当の色が分からなくなっていく彼女の自傷行為を見ているような恐怖だった。

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