第8話






 「────まぁ。名前なんてあって無ぇようなモンだからな、おれらにとっちゃ」





 投げやりに、そう言葉を切りながらもどこか、哀感あいかんを漂わせる、声音の澱みに



 咄嗟に、開口しかけた唇を下唇ごと仕舞った。





 フ、と伏せられた、銀水晶のような瞳の奥に、かげりが一瞬で

 乗せられていく。





 傍らに黙して座っていた、彼のほうにもチラ、と視線を動かしてみたけれど

 何を熟考しているのか。




 その美貌はありのままであるのに、純黒の双眼はスモーク硝子ガラスの先へ

 向けられて、ほんとうの姿はまるで動静がはっきりしない。





 ・・・・・どこ。まで私のほうこそ、

 踏み込んだら良いのか。




 間合いの詰め方がよく、わからない。





 「…そう、なんですか、」と小さく、相槌を打ち、返答した私のあまりに頼りなくか細い声が、


 異様に煌びやかな車内へと響く。





 ほんのすこし、張り詰めてしまった空気に、耐えられなくなった私は、

 このまま凍結していきそうだ。と。




 仕舞っていた下唇を噛んで、かじかんだ空気に、上乗せするように、

 「……、診察。終わりですか?」わざとそう、誤魔化すよう切り込んだ。





 ────…しかし、





 「…あ?終わってねぇーわアホ。脱げっつってんだろその下履き。股の間も診察すんだよ」



 「…………………ぇ。冗談じゃなかったんですか」



 「テメェ、…おれが意味もなく「服脱げ」とか言う男に見えんのか、」


 「万年発情してるんでしょ?」


 「してるかドアホ。…良いからさっさと脱げ」



 「っっ、ちょ!?!」





 先ほどまでの振粛しんしゅくさせていた空気は、どこへやら。




 いちど、この髪散らかし男と言葉を交わせばあっという間に、

 コミカルさが舞い戻ってきてしまうのは、いかがなモノかと。





 治療の名目で、と言う理屈は頭では理解しているのだが。


 毎度毎度、際どいラインを見せなきゃならないコッチの身としては

 さすがに、赤面もので。





 今は乾燥の季節も相俟あいまって

 脚の付け根は、ちょうど下着でも擦れてしまうところ。




 だから

 ときどき、痒みがあったりするのだ。





 ────…でも、

 ローションや軟膏なんこうをもらって、風呂上がりはケアしているし、

 わざわざそんなところまで診る必要ない、………と思うのに、





 「〜〜〜〜〜っちょっ!っと、待っ!」



 「お前っ、毎回毎回、しつけぇんだよ!いい加減、慣れろやこの貧乳娘が!?お前、慣らしてやるためにおれがどんだけの気苦労をっ、」


 「しっ知らないし!知りたくないし!しなくて良いでしょこんなトコ?!」



 「っテんメェ、っっ」





 寒いのに、ズボンをむりやり、強引にずり下げられ、

 さすがにやり口が変態ではないか?!と。




 命綱でもある、下履きまで剥がそうとするから


 思いっきり、足蹴あしげをかます私と、なおも、力付くで脱がそうとする

 シルバーブルー頭との攻防 合戦かっせんが、いつものごとく、勃発だ。



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