第4話

 シティと呼ばれる人類の生息域は、ドーム状の都市の形をしていた。


 果てから果てが見えないほどの、超巨大構造体に押し込められた街。

 内部では街や土地が隔壁に分けられていて、複雑に入り組んでいる。


 そんなシティにおける各階層や、都市構造を結び付けているのが、

 カーゴ・レールと名付けられた“空間”そのものを運ぶ立体列車である。


『市内線ってのは、ずいぶんと揺れるな……大丈夫なのか……?』

「上に行ったり、下に行ったりしてますから。まあ、脱線はあんまり」

『あんまり……』


 黎辰の演習場に置かれてあった格納庫もろとも、彼らは運ばれていく。


 柵の向こう側を、トンネルの内壁が高速で流れ去っていた。

 アザレアたちはキャットウォークの上から、その景色を眺めている。


『俺の居ない間に、人類がこれほどの物を作り上げていたとはな……』

「……アンタが人間だった頃って、どんな世界だったんです?」

『少なくと、こういうモジュラー化された都市は珍しかったはずだ』


「ふぅん……」


『だからこそ、俺にとって現代人の生活様式は、気になるところだ』


 ズメイが言うと、彼女はむすっとした顔で応えた。


「たぶん、見てもそんなに面白いようなもんじゃないですよ」


 ◇


 やがて格納庫が辿り着いたのは、シティの中層にある一画だ。


 ガコン、と何かが噛み合う揺れが生じて、振動が停止する。


 シャッターが轟音と火花を立てながら、スライド開放された。


「着きましたよ。ようこそ、我が家へ……」


 標準的なGFの、背の高さほどはあるかといったガレージ。

 アザレアはそれを「家」と呼んで、ズメイを招き入れた。


「ただいま~……っと」


 広々とした空間の一角へ、少女は電子ケトルを片手に向かっていく。

 そこにはバスタブが鎮座し、周りに乱れた衣類が散乱していた。


『随分と広いんだな……空間を持て余している、とも言えそうだが』


「私の数少ない資産ですから。このガレージとバスタブ、移動格納庫がもうひとつ、そこに入ってるもう一機のGFが――私の持ちうる全財産……ってわけですよ」


『移動格納庫というのは……さっきのか?』


「いえ、あれとは別のヤツで。ほら、さっきの隣に――」


 アザレアはいま来たばかりの道を振り返り、壁のほうを指差す。

 そこには、バイジンの納まっている機体ハンガーが見える。


 彼女が指差しているのは、その隣の閉鎖されたシャッターだった。


「あれ……?」

『どうした』


 シャッターへと踵を返し、青ざめながら壁面の端末へ近づいていく。


「おかしいな……シャッター、普通は開いてるはずなんだけど……」

『故障か?』


「そんなはずは……ゲェーーーッ!」


 アザレアは、とても年頃の女子が出してよいものではない奇声をあげた。


『ど、どうした、アザレア』

「差し押さえられてる。カーゴ・サブスクの支払期限……三日前……?」


『おう……』


「え……嘘でしょ? 中にあった私の機体は……? ねえ、嘘でしょ!?」


 ズメイを抱えたまま、アザレアは膝を着いて座った。


「……はは、あははは! ……あははは!」

『怖いぞ。急に笑うな』


「あんな古い機体でも、フルカスタムして、まだまだ現役だったんすよ」


『落ち着け』

「あははっ。今頃は、とっくにスクラップにされてるんだろうなぁ……!」


『……分かったから落ち着けッ! 気を強く持つんだッ!』


 膝の上の電気ケトルの力強い声に、僅かばかりに正気を取り戻す。


「…………はい」


『いいか、アザレア。過ぎ去った上で、取り返しのつかない過去など、生きていればいくらでも経験することになる。それでもお前の時間は、今より昔に戻れはしない』


「うぅ……」


『過去を遡って潰すことなどは誰にもできない。過ちを受け止めて、前に進むことだ。さもなければ、お前の退廃的な人生が、さらに過去に囚われることになる』


「言い過ぎでは?」


 アザレアが問うと、ズメイはインジケーターのランプを点滅させた。


『退廃的は言い過ぎか。ともかく、今はお前がどう生き延びるか、考えることが重要だと言いたかったんだ。手持ちの機体は借り物のバイジン、課題はふたつ――』


「えぇと……アンタをケトルから引き剥がすこと、改造屋スクラッパーを探すこと……すかね」


『そうだ。大目標と小目標と言ってもいい。その改造屋はどんなヤツなんだ?』


 そう訊ねられると、彼女は携帯端末の画面をズメイに見せ――……。


「……えっと、そういえば今更ですけど、目ェどこです?」

『フタの取っ手側の縁に、丸いレンズがついてるだろう。そこが人感カメラだ』


「あっ、これか気付いてなかった……どうぞ。この人が私の当てにしている人です」


 画面に映し出されているのは、SNSのプロフィールだ。


 アイコンには、スパナを咥えたキツネのお面が載っていた。

 これが、この改造屋のロゴマークなのだとズメイは悟る。 


“ハック・クラック・解体・魔改造、報酬次第で何でもやります”


 そんな一言コメントの下に、反権力的な投稿が連なっていた。


『名前は……そのまま“キツネ”か。胡散臭いな。使ったことはあるのか?』

「二、三回だけですけど……金さえ払えば、ちゃんと仕事をする人です」


『懐疑……なんだか含みのある言い方だが』


「ええ、まあ。敵が多くて、いつもどこかに逃げたり隠れたりしてますから」


『探し出すのに苦労しそうだ』


 すると、画面をスクロールしていたアザレアが「あっ」と声をあげる。


『どうした?』

「わかります、居場所」


 そう言って彼女が見せたのは、キツネの三日前の最後の投稿だった。


“KON・KON、ウィッカーマンのヤツらを怒らせちまったぜ。缶詰なう”


 ◇


 スラスターを全開に吹かし、シティの下層を飛ぶバイジンの白い機影。


 そのコクピットでガムテープ巻きにされたズメイに、アザレアは言った。


「ウィッカーマンのアジトは、セクター77の突き当りのほうにあります」

『それはいいんだが……ここは街中だろう? こんなとこ飛んでいいのか?』


「テロとか虐殺をやらない限り、企業の治安部隊はほっといてくれますよ」


『全高14.6mの人型兵器で、人口密集地を飛ぶのはテロじゃないのか?』


 ズメイの質問に、アザレアは少し遠い目をしながら答える。


「よくあることです、特にこういう下層だと。傭兵や、チンピラ、ヤクザ……そういうのがGFやら、それ系の兵器を使って抗争をするなんてのは日常茶飯事ですよ」


『啞然……滅茶苦茶だ。少なからず人死にが出ると思うんだが?』


「死にますよ。意味の分からない理由で、思いも寄らない日に。だから皆、頑張って稼いで、上を目指すんです。こんな所で訳の分からない死に方をしないためにね」


『……お前もそうなのか? アザレア・レイランド』


 その問いには、彼女は答えず歯噛みするだけだった。


「どの道、ウィッカーマンは道徳を知らない走り屋集団です。暴力が必要になる」


 区画を仕切る隔壁が迫り、バイジンはゲートを軽やかに潜った。


 その辺りから、風景の質が一段と落ち始める。

 真っ当な建築物の数が極端に減り、隔壁には落書きのホログラフ。


「ここからです。ここからが、ウィッカーマンが縄張りと主張する地区です」


 アザレアの言葉が言い終わらぬうちに、すぐに“迎え”がやってきた。

 向かいの空――というのもおかしいのだが、ともかく町の上を飛ぶ機影。


 バイジンと比べて明らかに型が古い、暗緑色のGFだった。


 頭部に被せられたフードのような装甲が、重たげな印象を与えてくる。


『――ちょっと待ちな、そこの白いグリモアッ!』


 ガラの悪い女の声で、GFのパイロットがスピーカー越しに言った。


『ここの門番である、このドロテア様に挨拶も無し行こうってのかい?』


 アザレアは口の中に舌打ちを隠して、相手の交信に応える。


「ここにキツネが居ますよね。あの人に用事があるんですが……」

『知らないねえ。まあ居たからって、てめーを通すわけないけどぉ!』


 やっぱり、こうなる――操縦グリップを強く握り、アザレアは呟いた。


「ズメイさん、いまから戦闘を開始します。アドバイスがあれば是非」

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白亜のグリモア ~沸・騰・戦・機~ 不乱慈(ふらんじ) @frangi

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