第3話
輝く六角柱の結晶林に囲まれた、異様の荒野に対峙する巨影が、一対。
メガ級チューン・ゴーストと、黎辰工業製が誇る第三世代型のGF。
GF――Mz-61『バイジン』は異形を見据えながらも、間合いを測る。
そのコクピットの中で、電気ケトルが少女に向けて朗々と語りはじめた。
『いいか。ゴーストは、体内のコアからコアへ情報を伝えることで生きている存在だ。人間でいう血液と臓器のようなものだが、脳や心臓はヤツらには存在しない』
「で、でも顔面ぶち抜いたら七割くらいは即死しますよ!」
『それはコアの損傷で“情報の失血死”が結果的に引き起こされているだけだ。むしろ、それを最初から狙いに行った方が効率がいい。――攻撃が来る、回避しろ!』
ズメイが命じつけると、アザレアは即座にフットペダルを蹴った。
バイジンが、スラスター推力によって高く跳躍する。
先までその白亜のボディがあった空間を、ゴーストの触手がかすめた。
槍の穂先を載せたような触手が、直角に向きを変えてバイジンを追尾する。
『まだ狙われている!』
「くぅッ!」
操縦グリップを引いて、機体の飛行角度を跳ね上げる。
「――かわしたッ!」
『まだだ、今度は横にまわった……左ッ! 上昇しつつ旋回!』
「ぐおおおお…………ッ!」
触手の鋭い先端が装甲をかすめて、コクピットのある胸部とすれ違った。
『いまだッ! 反撃! 首のまわりを撃ちまくれ――ッ!』
「どりゃああああぁぁぁぁーーーッ!」
トリガーを引く。引いて、引いて、引きまくる。
コクピットにクリック音が連続するたび、閃光が迸った。
ビーム・カービン銃の砲口から吐き出された荷電粒子の束、奔流、質量。
ドロドロに熱されて、触れるものすべてを灼き尽くす力をもった光だ。
――六、七発の連射。フィラメント0.5本ほどの消費。
それはバイジンの照準補正もあり、全てが敵に直撃していく。
ゴーストの身体を覆う琥珀が剥がれ、銀色の反射を持つ本体がえぐれた。
えぐれた傷口は、オレンジ色の断面を見せつけながら、白煙をあげている。
「こ、こんなので本当に――ッ!」
アザレアが言い終わる前に、その巨体が揺らいでくずおれた。
地に伏せたゴーストの身体が、重力に分解され始めたのだ。
その様子は、銀粉で作った砂時計のように見えなくもない。
メガ級ゴーストの完全沈黙を確認してから、バイジンは地上へ降り立った。
「終わった……こんな呆気なく……」
『コアをイチイチ潰していたら、弾が持たないぞ』
「っす。お、覚えておきます……!」
と、アザレアが耳に差しているカナル型のイヤホンから、管制の声が届く。
『Ⅹ-404、作戦目標の反応消失を確認。第二評価試験を終了する』
「……了解、これより演習場へ帰投します」
◇
シティ内。黎辰工業の企業領土に作られた演習場に、機体は帰投した。
格納庫のハッチが開かれ、ハンガーへの道が作られている一方、
悠長に足元をうろつく整備士たちに苛立つのは相変わらずだった。
だが、その人の群れの中にひとり、黒服の男がいたことを
アザレアは決して見逃しはしない。
おそらくは、今回の第三世代機プロジェクトの責任者か、指揮者。
現場レベルでいえばそれは開発班長だが、それよりもさらに上の人間だ。
一通りの評価試験が終わったことで、現場を視察しにきたのだろうか。
「まずい……まずいですよこれェ……」
アザレアは、評価試験を終えたあとのことを、“一切”考えていなかった。
半ば、現実逃避的に試験の間を乗り切れば救われると思い込んでいた。
「ふ、踏み潰そうかな……」
『さすがにそれは』
「ですよね知ってる……」
コクピットにしばし籠って、アイツをやり過ごそう――とはならかった。
なぜなら、キャットウォークまで黒服の男が上がってきてしまったからだ。
コクピットの中を、そこに持ち込んだ謎ケトルを見られてはいけない。
彼女は胸部ハッチを開放して、バンジージャンプのような勢いで降り立つ。
「……ぉお、驚いたね」
「ど、どうも~……ははは……」
「君がパイロットか?」
その問いに、アザレアは生唾を飲み込んで答える。
「そうデスケド……」
「どうだね、我が社のバイジンは」
「す、素晴らしい機体です!」
「そうか、それは良かった。しばらく君に、機体を預けることになるからね」
「……へっ?」
言うと黒服は、思い出したかのように胸元から名刺を取り出した。
「おっと、名乗っていなかった。いまどき“紙”ですまないが、私はこういう者でね」
紙の名刺を手渡されたことなど、憶えている限りでは経験がない。
さらさらとした手触りに、アザレアは指を切りそうだと考えた。
「黎辰工業技術推進開発局局長……補佐……兼……試作品管理部部長……兼……」
「肩書はすべて飛ばしてもらってかまわないよ」
「
「気安く静間と呼んでくれたまえ、ビジネスパートナー」
ビジネスパートナーという響きに、期待半分、不安が半分。
「えぇと……それで、私にバイジンを預けるというのは……」
「それについては俺が説明してやる」
遅れてタラップを上がってきたのは、開発班長だった。
「GFの機体中枢には、グリモアと呼ばれるメインの戦闘システムが存在している。さすがにこれは知っているよな、アザレア?」
「ええ、えーと……グリモアを動かすための筐体だから、GFなんですよね」
「その通り。そして、AIであるズメイがグリモアと適合するには時間がかかる」
ズメイの名前が出て、ビクッとアザレアの背骨が跳ねた。
「な、なるほど」
「この期間のあいだ、なるべくバイジンには戦闘経験を積ませた方がいい」
「そこで彼と協議した結果、君にしばらく使ってもらおうとなってね」
これは、喜ぶべきだろうか……?
いや、まだだ。アザレアは珍しいことに自分を律した。
まだ話がどっちに転ぶか、わかったものではない。
「そういうわけで、この誓約書に同意さえしてくれれば、今日から君の私的な傭兵活動にも、我が社のバイジンを使って構わない。もちろん、追加報酬つきとなるが?」
「――――ひゃっほう!」
アザレアは差し出された端末に、殴りつけるようなサインをした。
「……よし、いまこの瞬間より、この機体は君に貸し与える。好きにしたまえ」
「でも壊すんじゃねーぞ! いいな!」
「は、はい!」
「よし、では開発班長。これにてはフェーズ1は終了だ。ここを撤収しよう」
キャットウォークの上から班長が指示を出すと、地上が慌ただしくなった。
開発に使った機密情報となる資料や機材を、本社のほうへ引き上げるのだろう。
(ガバガバなブラック企業だったおかげで、なんとかなったっぽい……)
それからしばらく、アザレアはコクピットを護るように
ハッチの前で仁王立ちし、開発チームが立ち去るのを待った。
◇
空っぽになった格納庫と演習場。キャットウォークには一人と一器。
『沸騰を完了した。後1分20秒ほど待て、コーヒーの適温だ。オーバー』
「別に気にしないですよ。淹れますね」
事務所から拝借したコーヒーバッグをドリップし、濃い色の液体で満たす。
ずずずっとそれを啜りながら、アザレアは訊ねた。
「これって私、助かったんですかね……」
『借りたものは返さなければならない。いつか終わりが来る』
「ですよねぇ……どーしよ……」
途方に暮れる。とんでもないトラブルを抱え込んでしまった。
「とりあえず、アンタをケトルから引きはがす方法を考えないといけません」
『並大抵の方法では不可能だろう。何か当てはあるのか?』
「そうですね……ひとりだけ、知ってる
『ではまずは、その人物をあたったほうがいいな』
「……ていうか、助けてくれるんすね。私のせいでそんな恰好なのに」
ズメイは温かな湯気を吐いて、そして答えた。
『確かに非合理的だが、どうにもお前のことは放っておけない。オーバー』
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