第4話 小雨の決意
小屋を後にしたものの、まだすぐに雨が上がる気配はなかった。
空を見上げれば雲が速い速度で西から東へと流れていく。
今朝のニュースで言っていたが上空を強い風が吹いており、それに乗った雲が流されているらしい。
施設を出てすぐに工場で仕事を始めたため、レニー自身は学があるとはいえなかった。
それでも、彼女は日々テレビやインターネットを流れる情報を閲覧することで様々な知識を得ることが出来た。
でも、この街の魔法については分からずじまいだった。
確かに数年前まで魔法を宣伝材料とした街興しが行われていたが、それはあくまでまじないの一種として魔法を捉えたものであって、企画した役人たちも本当に魔法があるとは考えていなかったのだろう。
ただ「雨の上がる時に別れた人と再会できる」というのは簡単に見えてそうではなかった。
やがて役人も街の人々も、タイミングを計ることが難しい「雨上がりの魔法」では稼げないと分かり、話も次第に廃れていったのであろう。
もちろんそれでも魔法を信じ、再会できた人もいたのだが。
ならば自分は再会できるのだろうか?
不意に、不安がレニーの心を襲った。
思いの強さによって再会のしかたが変わるのであれば、自分はどの様な形で母親と再会するのだろうか、そしてその時にどんな言葉をかければいいのだろうか。
疑心暗鬼からさらに悪い方へと考えが向かいそうになる。
こういう時に雨が降っているのは非常に厄介だ。
雨に濡れる不快感が、考えも沈ませてしまうからだ。
その時だった、レニーはふと思い出した。
街のこと、再会の魔法のことを語ったレオンのことを。
彼が有給休暇をとってから3日目。
まだ、この街で雨が上がったという話は聞いていない。
ならまだこの街にいるのではないか?
そう思い立ったレニーは駆け出していた。
レオンと会って何をするかは考えていない。
ただ、彼が誰と再会して何を話したいのかが気になっただけだった。
しかし、決して広くはない街とはいえ、当て所なく走り回ったところで会える可能性は低い。
そこでレニーはこの街の地図を思い出した。
四方を山に囲まれ、バスか電車に乗らなければ来れない街。
山間部特有の起伏のある町並み。
近くには街の水源とも言える川が流れている。
電気、ガスなどは山を越えた先の都市から送られてきている。
そしてレオンだ。
彼は同じ工場で働く青年。
レニーより2つくらい年上で、高所作業を専門としている。
工業高校を出ており幾つかの専門技術を学んでいたはず。
家族のことは聞いたことはないが、祖父伝来の工具を持ち歩いているという。
そして良く工場の屋根に登って休憩しているのを見かけている。
そこまで考えた時、レニーの足は動き出していた。
目指すのはこの街で一番高い丘。
街が一望できる場所なら、レオンがいるのではないかという予測だった。
「はあ、はあ……」
雨を吸って重くなっているブーツで走るのはレニーにとっても辛かった。
普段なら男性に混じって力仕事の手伝いもこなしているが、それとは異なる労力が必要だった。
それでも走る彼女はやがて、丘の上に立つ一人の人物を見つけた。
「あれ、レニーじゃないか」
必死に走ってきたレニーを見つけたレオンの最初の言葉。
驚きに目を開きつつも、どこか予想していたと言わんばかりののんびりとした口調。
終始余裕があるといったいつもの態度だった。
「あなたの、願いが、知りたくて、来たの」
「うーん……、まあじいちゃんに会いたくてな」
息も絶え絶えになりながら話すレニーの言葉にレオンは少し考える素振りを見せるが、すぐに答えた。
形見の工具のこともあるので、誰に会いたいかは思ったとおりだったが、レニーが聞きたいのはその先。
「おじいさんに会って何がしたいの?」
「な、なんでそんなこと気になるんだよ」
真剣な目を向けるレニーに、今度ばかりはレオンも余裕ある態度を崩した。
そんなレオンのことを気にしたふうもなく、レニーは一歩レオンに近づく。
「わたしは、お母さんに会いたい。でも何を話したいかわからないから、レオンがどうしたいのか聞きたいの!」
自分でも支離滅裂なことを言っているのは分かる、だが聞かないわけにはいかなかった。
母に会う意味はある、でも話す意義が見いだせないから。
だから、だから……!
「わ、わかったから。話してやるからな?」
凄まじい形相で睨みつけるレニーに対しレオンは両手を前に出して冷静になれと合図を送った。
当然、それで彼女が落ち着くわけがないことをレオンも承知の上だ。
工場でおこる若者同士のいさかいの何割かにレニーは顔をつっこんでいる。
引っ込み思案のくせに、思い立ったら止まらないのがレニーだからだ。
「オレは、じいちゃんに会って報告したいことがある」
レオンが深呼吸した後、そう言った。
その声はしっかりとしたもので、自分に言い聞かせるようにも聞こえる。
「報告って?」
思わず聞き返したレニーも、それまでの勢いが消え普段のような話し方になっていた。
「オレは元気にやっているし、いつかじいちゃんみたいにデッカイものを作る時の現場を仕切ってみせるってな」
「それ、報告じゃなくて宣言じゃないの?」
レオンの言葉に思わず吹き出しかけながらレニーが返す。
そんなレニーの返しに「うるせえよ」と顔を赤らめ、そっぽを向きながらレオンは答えた。
「でも『目標を持て』とオレに言い続けてくれたじいちゃんには、これが最良の報告だと思うんだよ」
そう、ぶっきらぼうに答えた後、レオンは気を取り直したのか視線をレニーの、いやレニーの後ろに向けた。
つられて後ろを振り向けば、広がる街並みその中に一際高い塔が見える。
「あの塔の建築にはじいちゃんが関わっていてな、それでじいちゃんから魔法のこと聞いていたんだ」
「ああ、だからか……」
その言葉にレニーはレオンが魔法のことを知っていたことを知り納得した。
「オレの両親は早くに死んじまったから、じいちゃんが男手一つでオレを育ててくれた。けどオレが働けるようになったらポックリ逝っちまったからな……」
どこか懐かしそうに語るレオンの言葉。
それはレニーの心のなかで何かに響いた。
噴水のある広場。
幼いレニーは母の手を引き歩いていた。
どこか楽しそうに歩くレニーの後ろから「ねぇ」と母親が話しかける。
「レニーは子供だからまだ分からないかもしれないけど……」
「レニー、子供じゃないもん!」
即座に反論するレニーの言葉に母は微笑む。
そして、それまでレニーに引かれていた手を強く引くとレニーを抱きしめていた。
「これから辛いこと、寂しいことがいっぱいあるけど、離れていてもお母さんはレニーを見守っているから」
その言葉を聞いた時、レニーは何故か一人ぼっちになったような気がして泣き出していた。
それをあやす母親の言葉がレニーの心のなかで響いていた。
「そっか、そうだよね……」
我に返ったレニーがまだ僅かに雨が降る空を見上げて呟いた。
「なにか、分かったのか?」
問いかけるレオンに対しレニーは「大体」と答えると駆け出していた。
目的地は今見かけた街の広場、あそこなら再会できると思えるから。
「気をつけろよーっ!」
勢いよく坂を駆け下りるレニーに対しレオンは大声で注意をする。いつものように。
彼はレニーが工場へと来た日から面倒を見てきた。
そして今も。
「大丈夫ー! また工場ー!」
そんな彼の心配を他所にレニーの声が返ってきた。
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