第3話 止まない雨
雨は降り続いていた。
だがその降り方は、それまでと異なりやや落ち着いた降り方だった。
「それじゃあ、気をつけていくんだよ」
男の声を背に、レニーは店を後にした。
借りた傘をさし、目指すは待合小屋。
男の話では『再会の魔法』を待つ人のために街が用意した小屋であり、そこに行けば同じように魔法を待つ人がいるとの事だろうとのことだった。
話を聞いた時、レニーは街へ一人で来たのだから小屋へ向かう必要は無いと思った。
だが魔法が起きる条件を聞いた時、レニーは少し迷うことになった。
魔法が起きる条件。
それはこの街で雨が上がる時、その時に会いたい人を強く願うこと。
つまり決まった時間に魔法は起きるのではない。
ならばいつまでもカフェに長居する訳にもいかないと思い、レニーは宿を探すことにしたのだ。
そのことを伝えると、男は待合小屋のことを話してくれたのだった。
雨露がしのげるのであれば問題ないとばかりに、そこへと向かうことを告げたレニーに男は傘を貸し、衣服は帰り時に取りに来るようにと伝えたのだった。
目的の小屋は2区画ほど先にあった。
確かに小さい建物ではあったが、小屋と言うにはしっかりとした建物であり、それなりの人数を収容できそうだった。
その姿を見たレニーは街が魔法を観光資源として考えているという話を思い出した。
たしか、それはレオンが話していた内容だと思う。
その時は彼が一方的にまくし立てているのを聞いていたので、それが正確な情報なのかは分からない。
ともかく、レニーは小屋へとたどり着くとその扉を開いた。
カフェでの失敗から、慎重にゆっくりと扉を引く。
中にいる大勢の人々の視線が自分に集中しても気にしないように振る舞うための心の準備をしながら。
軋む音を立てながら開いていく扉の隙間から中を見られるようになった時、レニーは自分が思っていたのと異なる光景を目にすることになった。
「あ、あれ!?」
思わず上ずった声を上げるレニーの目の前には、人が全くいないガランとした広間が広がっていた。
いや、正確には一人だけいた。
広間の奥に設置された縦3列、横2列の長椅子。
その中で最も暗い右奥手の椅子の端に乳母車を置く一人の人物がいる。
だが、その生気のない雰囲気に思わずレニーは息を飲む。
「ま、まさか人が死んでるなんてないよね……」
ひとりごちるレニーだが、仮にも公共施設であるこの小屋でそのようなことは無いだろうと意を決し、近づくことにした。
「あ、あの……」
とは言え、人見知りのあるレニーにとっては、すこし離れたところから小声で問いかけるのが精一杯だったのだが。
だが、声を掛けられた方も意外だったのだろう。「ヒッ!」と小さい悲鳴を上げると恐る恐る顔をレニーの方へと向けた。
それは若い女性だった。
ただ、その頬はやせ細り、目の周りには濃いクマが浮かんでおり異常に青白い肌も相まり、重病人もしくは死人を連想させる容姿である。
「あなたも、魔法を待っている人……、ですよね?」
強張る喉を必死に震わせてレニーが問いかけた。
「あ、あなたもですか?」
緊張していることが伝わらないよう願うレニーだったが、相手はレニーが思う以上に余裕がない様子だった。
だが、その切実に何かを訴えようとするその瞳から、彼女が魔法を信じていることが分かる。
「あ、えっと、わたしは魔法の実在が気になるというか、その……」
彼女の眼力に押されたレニーが思わず言い淀む。その迫力の前でレニーは迷ったのだった。
事情は聞いていないが、その切迫した表情からは覚悟と悔恨が入り混じったものを感じる。
そのことに気がついた時、レニーには1つの考えが浮かんだ。
この人はいったい誰との再会を望んでいるのだろう。そして自分は誰と会うためにここへやってきたのだろう。
レオンの話を聞いて思わず飛び出した時、何か思うところが有ったのは間違いない。
だが、今思い返すと自分は誰と会いたくてここへ来たのだろうか。その答えが分からなかった。
「でも……、ここを見れば分かるように、魔法を信じている人は少なくなっているんですよ」
自問するレニーをよそに女性は話始める。
その言葉に導かれるようにレニーは周りを見るが小屋にはやはり誰もおらず、よく見れば椅子や床にはホコリが溜まっている。
「魔法で再会できるのはお互いに思っている相手であること……」
女性はそこで言葉を切ると、手元にある乳母車を軽く揺らすと、数枚の毛布だけが入れられた乳母車が小さく前後した。
僅かに車輪の軸がこすれる音が響くが、その音は二人しかいない広間ではことのほか大きな音に聞こえ、反響して響くその音は子供が泣きじゃくる声に聞こえたのは気のせいだったのだろうか。
その音に一瞬、気を取られていたレニーが言葉を返すより前に女性は話を続ける。
「そしてその思いの強さによって再会の形が変わるそうなのよ」
重い言葉の前にレニーは自分の考えがまとまらない。
何かを言いたいのだが言葉が見つからない。
言葉を探せば心の中に過去の風景が浮かび上がる。
職を求めて今の工場へと入った日。
施設を離れるため多くの弟妹たちと別れた日。
兄弟たちと折り合わずケンカを繰り返していた日々。
気がつけば施設の前に一人座っていた日。
そして……
「もしかして、お互いに思い合ってないと会えないんですか?」
最初にでたのは質問だった。
唇を震わせてなお、出てきた疑問。
確かにカフェの人はお互いに絆で結ばれていた夫婦だった。
もしその様な絆がない人とは会えないのだろうか?
様々な考えがレニーの中で交錯し、考えがまとまらなくなってきた。
「……相手がどう思っているかは分かりませんが、少なくとも私はあの子のことを思っていますよ」
考えあぐねるレニーを前にし、女性は口を開いた。
その声は先程の切迫した音はなく、どこか穏やかさすら感じさせていた。
耳に響いたその声にレニーは驚きの表情を向ける。
そこには相変わらず青白い顔をした女性が座っている。
だが、その顔は先ほどまでの険しさが取れ、穏やかになっていた。
そのまま、ゆっくりと立ち上がった女性は両手を広げると、ゆっくりとレニーの頭を抱きしめた。
「ごめんなさい。少しこうさせて……」
レニーの横で女性が呟いた。
「はい……」
小さく答えたレニーは、女性がするがまま抱きつかれていた。
その間、レニーは雨と古い建物のカビ臭い臭いの中に、なにか甘い匂いを感じた。
それはかつて感じた匂い。
その匂いが引き出すのは懐かしい光景だった。
思い出が頭の中を巡ることでレニーは次第に涙が溢れてきた。
そして、涙とともに自分が会いたい相手を自覚するのだった。
「ありがとう」
「いえ……」
しばらくの時間が流れ、女性はレニーから離れ僅かな笑みをみせた。
その笑みにレニーはどこか気恥ずかしさを感じた気持ちを紛らわすように窓の外を見る。
小屋を訪れた時より雨足は弱くなり、僅かだが周囲が明るくなってきたように感じる。
「もうすぐ雨が上がりますね」
レニーと同じ窓を見た女性が少しだけ嬉しそうな声を上げた。
「会いたいのはお子さんですか?」
改めて女性の方を向いたレニーが上目遣いになりつつ質問をした。
無粋なことと思いつつも、聞かないわけにはいかない気がした。
「ええ、2歳にもならなかった小さな幼い男の子。私の不注意でいなくなった子よ」
どこか寂しそうにそう答えると、「あなたは?」と聞き返してきた。
その問いにレニーは少し考え、答えを返す。
「母親です」
そうだ、自分は母親に会いたかったんだ。
レニーは自分の考えを確認した。
「そう、お母さんと会えるといいわね」
女性はそう言うと、乳母車を引きながら歩き始めた。
「魔法は外でないと発現しないらしいから、あなたも街を散策するといいわ」
そう告げると女性は小屋を後にした。
あとに残されたレニーはだが、小さく頷くと外へと歩き出した。
幼い頃、自分を施設に預けた母親と会うために。
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