第3話 基礎魔法で魔物退治

ホブゴブリン討伐から三日が経った。


僕はすっかり村の生活に馴染んでいた。毎朝早起きして、ギルドで朝食を取り、依頼書を確認する。そんな日課が、心地よかった。


「おはよう、レン」


エリカが笑顔で迎えてくれる。この三日間で、僕たちはすっかり打ち解けていた。


「おはようございます。今日も依頼はありますか?」


「あるよ。むしろ、増えすぎて困ってるくらい」


エリカは苦笑しながら、掲示板を指さした。


確かに、依頼書の数が増えている。ホブゴブリンの討伐以来、村人たちが安心して森に入れるようになったため、魔物の目撃情報が増えたのだ。


「オークの討伐、報酬三千ゴールド」

「ダイアウルフの群れ退治、報酬四千ゴールド」

「巨大蜘蛛の巣の撤去、報酬二千ゴールド」


どれもE級からD級の依頼だ。本来なら、F級冒険者の僕には難しいはずだった。


「全部受けてもいいですか?」


エリカは驚いた顔をした。


「全部? レン、無理しなくていいんだよ」


「大丈夫です。一日で終わらせられると思います」


「一日で? これ、全部で三件もあるよ?」


「はい。でも、きっと大丈夫です」


僕は自信を持って答えた。ホブゴブリンを倒したときの感触が、まだ手に残っている。僕の魔法は、思っていたよりもずっと強い。


エリカは少し考えてから、頷いた。


「分かった。でも、本当に無理そうだったらすぐに戻ってきてね」


「約束します」


僕は三枚の依頼書を受け取って、森へと向かった。


最初の目標はオークだ。


オークは豚に似た魔物で、身長は二メートル以上。怪力が特徴で、木の幹を素手で折ることもできる。知能は低いが、その力は侮れない。


村の東の森を進んでいくと、すぐにオークを見つけた。三匹の群れだ。太い丸太のような棍棒を持ち、何かを食べている。


「すみません。倒させてもらいます」


僕は手のひらを向けて、魔力を集中させる。今度使うのは「ウォーター」。水を出す基礎魔法だ。


でも、学園でこの魔法を使ったとき、教師に怒られたことがある。


「レン! 水を出すだけの魔法に、なぜそんなに魔力を込める! 無駄遣いはやめなさい!」


確かに、僕のウォーターは普通じゃなかった。コップ一杯の水を出すだけでいいのに、バケツ何杯分もの水が溢れ出してしまうのだ。


でも、今なら分かる。あれは無駄遣いじゃなかった。


「ウォーター」


僕の手のひらから、濁流が放たれた。


まるで川が決壊したかのような水の奔流が、オークたちを襲う。三匹のオークは為す術もなく、水に飲み込まれて流されていく。


水流は木々を薙ぎ倒し、地面を削り、まるで大規模な洪水のように森を駆け抜けた。


やがて水が引くと、そこには気絶したオークたちが横たわっていた。


「よし、一件目完了」


僕はオークたちから魔石を回収した。まだ生きているが、もう戦える状態ではない。このままにしておけば、村には近づいてこないだろう。


次の目標は、ダイアウルフだ。


ダイアウルフは普通の狼よりも一回り大きく、知能も高い。群れで狩りをするため、一匹だけを相手にすればいいというわけにはいかない。


村の南の森で、僕は五匹のダイアウルフの群れを発見した。灰色の毛並みに、鋭い牙と爪。彼らは僕に気づくと、すぐに包囲陣形を取った。


「賢いな」


僕は感心しながら、魔力を集中させる。今度は「ファイア」。炎を出す基礎魔法だ。


学園では、この魔法も問題があった。


「レン、君のファイアは熱量が高すぎる。訓練場の床を溶かすな!」


確かに、僕が出す炎は、普通のろうそくの火ではなく、溶鉱炉のような高温の炎だった。


「ファイア」


手のひらから、白い炎が噴き出す。


炎は瞬く間に広がり、ダイアウルフたちを包み込んだ。狼たちは遠吠えを上げて逃げようとするが、炎の方が速い。


数秒後、炎が消えると、そこには黒焦げになったダイアウルフたちが倒れていた。


「うーん、ちょっと強すぎたかな」


僕は頭を掻いた。魔石は無事だったが、ダイアウルフの毛皮は使い物にならなくなってしまった。本来なら高く売れる素材なのに。


「次からは手加減しないと」


そう自分に言い聞かせて、魔石を回収する。


最後の依頼は、巨大蜘蛛の巣の撤去だ。


村の西の森の奥深く、古い樹木が密集する場所に、巨大蜘蛛の巣があった。直径十メートルはある巨大な蜘蛛の糸が、木々の間に張り巡らされている。


そして、その中心には巨大蜘蛛がいた。


体長は三メートル近く。八本の長い脚に、複数の目。見るからに危険な魔物だ。


蜘蛛は僕に気づくと、糸を吐き出してきた。粘着性の高い糸で、触れれば動けなくなる。


「危ない」


僕は咄嗟に「ウィンド」を発動させた。


風の刃が糸を切り裂き、そのまま巨大蜘蛛に向かって飛んでいく。


蜘蛛は素早く横に跳んで避けようとしたが、風の刃は追尾するように軌道を変えた。


「あれ? こんなこともできるんだ」


僕は驚いた。基礎魔法のウィンドに追尾機能なんてないはずだ。でも、僕が「追いかけて」と思った瞬間、風の刃は意思を持ったかのように蜘蛛を追いかけた。


風の刃は蜘蛛の胴体を切り裂き、魔物は絶命した。


「これで三件とも完了」


僕は巨大蜘蛛から魔石を回収し、蜘蛛の巣を「ファイア」で焼き払った。


村に戻る頃には、まだ昼過ぎだった。予定通り、一日で三件の依頼を完了させることができた。


ギルドに戻ると、エリカが驚愕の表情で僕を迎えた。


「レン! もう戻ってきたの?」


「はい。三件とも完了しました」


僕は三つの魔石をカウンターに並べた。


エリカは言葉を失っている。


「これ、全部……本当に君一人で?」


「はい。そんなに難しくなかったです」


「難しくなかったって……オークもダイアウルフも巨大蜘蛛も、全部D級の魔物だよ?」


「そうなんですか。でも、基礎魔法で倒せました」


エリカは深いため息をついた。


「レン、君は本当に自分の実力が分かってないね」


「え?」


「君の魔法、基礎魔法じゃないよ。絶対に」


エリカは真剣な表情で僕を見つめる。


「だって、基礎魔法でオークを倒せるわけがない。ダイアウルフの群れを一人で全滅させるなんて、C級冒険者でも難しい」


「でも、僕が使ってるのは本当に基礎魔法なんです。ライト、ウィンド、ウォーター、ファイア……どれも入学初日に習った魔法です」


「その基礎魔法が、なんでそんなに強力なの?」


「魔力制御が下手だから、つい強く出ちゃうんです」


エリカは呆れたような顔をした。


「それ、魔力制御が下手なんじゃなくて、君の魔力量が桁違いに多いんだと思うよ」


「魔力量?」


「そう。普通の魔法使いの何十倍、いや、何百倍もの魔力を持ってるんじゃないかな」


僕は首を傾げた。


学園では、魔力量の測定なんてしたことがなかった。そもそも、応用魔法が使えない時点で才能なしと判断されていたから。


「でも、学園では才能なしって言われたんです」


「その学園、絶対におかしいよ。君みたいな逸材を追放するなんて」


エリカは頭を振った。


「まあいいや。とにかく、報酬は合計九千ゴールド。それと、君のランクをEに昇格させるね」


「ありがとうございます」


「本当なら、もっと上のランクにしたいところなんだけど、規定でいきなり飛び級はできないんだ。ごめんね」


「いえ、十分です」


僕は報酬を受け取った。金貨九十枚。これだけあれば、しばらくは生活に困らない。


「レン、一つ提案があるんだけど」


エリカが真面目な顔で言う。


「なんですか?」


「君、この村にずっといるつもり?」


「今のところは、そう考えてます」


「だったら、村の専属冒険者にならない? 給料制で、毎月固定の報酬が出る。村を守るのが仕事だけど、依頼をこなせば追加報酬も出るよ」


専属冒険者。それは、特定の街や村に雇われて、その地域の安全を守る冒険者のことだ。


「考えさせてください」


「うん。急がなくていいよ。でも、村のみんなは君に期待してる。君がいれば、この村はもっと安全になる」


エリカの言葉に、僕は少し照れくさくなった。


期待されるというのは、悪い気分じゃない。学園では誰からも期待されず、むしろ邪魔者扱いされていたのだから。


その日の夜、僕は部屋で一人、考え込んでいた。


自分の魔法は、本当に基礎魔法なのだろうか。


エリカの言う通り、僕の魔力量が異常に多いだけなのだろうか。


でも、それなら学園で測定されたはずだ。入学時には、全員が魔力量の測定を受ける。僕の結果は「平均的」だった。


それとも、あの測定が間違っていたのか。


いや、考えても仕方ない。重要なのは、今の自分が何をできるかだ。


そして、僕にできることは、この村を守ることだ。


「専属冒険者、引き受けようかな」


僕は窓の外を見た。星空が美しい。学園の寮からも星は見えたが、こんなに綺麗ではなかった。


ここは、僕の居場所だ。


そう思えることが、何よりも嬉しかった。


翌朝、僕はエリカに専属冒険者の件を引き受けると伝えた。


「本当! ありがとう、レン!」


エリカは満面の笑みで僕の手を握った。


「村長も喜ぶよ。これで村はずっと安全だ」


「精一杯頑張ります」


「うん。期待してるよ」


こうして、僕はミルフォード村の専属冒険者となった。


給料は月に五千ゴールド。依頼をこなせば追加報酬も出る。


そして、村人たちは僕を温かく迎え入れてくれた。


「レン君、いつもありがとう」

「君がいてくれて助かるよ」

「村の守り神だね」


そんな言葉を聞くたびに、僕は胸が熱くなった。


ここでなら、僕は必要とされている。


ここでなら、僕は誰かの役に立てる。


学園では見つけられなかった、自分の価値。


それを、この小さな村で見つけることができた。


でも、僕はまだ知らなかった。


この平穏な日々が、やがて大きく揺らぐことになることを。


そして、僕の「基礎魔法」の正体が明らかになる日が、すぐそこまで来ていることを。


続く

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『追放された落ちこぼれ魔法使い、実は世界最強の賢者でした~無自覚チート能力で異世界を救ったら、美少女たちに囲まれて困ってます~』 @tamacco

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