第2話 辺境の村での新生活

スライム討伐の依頼を完了させた僕は、ギルドに戻ってきた。


「おかえり。どうだった?」


受付のエリカが笑顔で迎えてくれる。


「無事に十匹倒してきました。これが証拠の魔石です」


僕はスライムから取れた小さな魔石を十個、カウンターに並べた。魔物を倒すと、その体内から魔石という結晶が取れる。これが魔物討伐の証拠になるのだ。


「確認したよ。報酬は三百ゴールドだね」


エリカは金貨三枚を僕に手渡した。この世界では、金貨一枚が百ゴールド、銀貨一枚が十ゴールド、銅貨一枚が一ゴールドという換算になっている。


「ありがとうございます」


「それにしても早かったね。一時間もかかってないんじゃない?」


「そうですね。スライムは見つけやすかったので」


実際には、僕の魔法が強すぎて、あっという間に全部倒してしまったのだが、それは言わなかった。


「手際がいいね。次の依頼はどうする?」


「そうですね。とりあえず今日はこれで終わりにして、宿を探そうと思います」


「だったら、ここの二階に部屋があるよ。一泊二十ゴールド。連泊なら割引もあるよ」


「じゃあ、お願いします」


僕は一週間分の宿代を前払いした。百四十ゴールド。残りは百六十ゴールド。食費を考えると、できるだけ早く次の依頼をこなさないといけない。


二階の部屋は質素だが清潔だった。ベッドと机、それに小さな窓がある。学園の寮よりも狭いが、ここには僕を見下す視線もなければ、陰口を叩く声もない。


「ここが、僕の新しい家か」


ベッドに横になり、天井を見つめる。


これからどうするべきか。とりあえずは冒険者として依頼をこなし、生活費を稼ぐ。ゆくゆくはもっと大きな街に行って、もっと高額な依頼を受けられるようになりたい。


そんなことを考えていると、いつの間にか眠ってしまった。


翌朝、僕は早起きして一階のラウンジに降りた。すでに何人かの冒険者が朝食を取っている。


「おはよう、新人君」


エリカが声をかけてくる。


「おはようございます」


「朝食はどうする? 一食十ゴールドで用意できるよ」


「お願いします」


しばらくすると、パンとスープ、それに干し肉が運ばれてきた。質素だが美味しい。


食事をしていると、隣のテーブルから話し声が聞こえてきた。


「最近、森の奥に強い魔物が現れたらしいぜ」


「ああ、ゴブリンの群れがいるって話だろ? リーダー格のホブゴブリンがいるらしい」


「ホブゴブリンか。あれは厄介だな。普通のゴブリンの三倍は強い」


冒険者たちの会話に、僕は耳を傾ける。


ホブゴブリン。学園の授業で習った記憶がある。通常のゴブリンよりも知能が高く、武器の扱いにも長けている。ランクでいえばE級の魔物だ。


「誰か討伐に行かないのか?」


「行きたいけど、俺たちじゃ無理だろ。最低でもD級冒険者が三人はいないと危険だ」


「この村にD級冒険者なんていないからな。王都に応援を頼むしかないか」


冒険者たちはため息をついている。


僕は食事を終えて、受付のエリカのところへ行った。


「エリカさん、今の話、本当ですか? ホブゴブリンが現れたって」


「ああ、本当だよ。三日前から目撃情報が増えてる。村長も心配してるんだ」


「討伐依頼は出ないんですか?」


「出したいけど、この村の冒険者じゃ無理だからね。王都に正式な討伐依頼を出す手続きをしてるところなんだ」


「その依頼、僕が受けてもいいですか?」


エリカは驚いたような顔をした。


「レン君、気持ちはありがたいけど、君はまだG級だよ。ホブゴブリンはE級の魔物だ。危険すぎる」


「でも、このままじゃ村が危ないんですよね?」


「それはそうだけど……」


エリカは困ったような表情を浮かべる。


「僕、基礎魔法しか使えませんけど、魔物退治の経験はあります。昨日だって、スライムを倒せたじゃないですか」


「スライムとホブゴブリンじゃ、強さが全然違うよ」


「分かってます。でも、やらせてください」


僕は真剣な目でエリカを見つめた。


本当は、自分がどれくらいの強さなのか試してみたいという気持ちもあった。昨日のスライム討伐では、予想以上に簡単に倒せてしまった。もしかしたら、僕の魔法は学園で言われていたほど弱くないのかもしれない。


エリカはしばらく考え込んでから、ため息をついた。


「分かった。でも、無理そうだったらすぐに逃げるんだよ。死んだら意味がないからね」


「はい。約束します」


エリカは掲示板に新しい依頼書を貼り出した。


「ホブゴブリン討伐。報酬五千ゴールド」


かなりの高額依頼だ。でも、それだけ危険だということでもある。


「場所は村の北の森。ゴブリンの巣があるらしい。気をつけてね」


「ありがとうございます」


僕は依頼書を受け取り、準備を始めた。


武器は持っていない。学園では魔法使いは武器を持たないという方針だったからだ。でも、それで問題ないだろう。僕には魔法がある。


北の森は、西の森よりも木々が密集していて暗かった。足元には落ち葉が積もり、一歩進むごとにガサガサと音がする。


森に入って三十分ほど歩いたところで、最初のゴブリンを見つけた。


緑色の肌に尖った耳、醜い顔つき。身長は一メートルほどで、粗末な棍棒を持っている。


ゴブリンは僕に気づくと、キーキーと叫び声を上げて襲いかかってきた。


「落ち着いて」


僕は手のひらを向けて、基礎魔法の「ウィンド」を発動させる。小さな風を起こす魔法だ。


でも、僕の手から放たれた風は、小さくなかった。


竜巻のような暴風がゴブリンを襲い、そのまま吹き飛ばす。ゴブリンは木に激突して、動かなくなった。


「あれ? また強すぎたかな」


僕は苦笑した。昨日のスライムのときと同じだ。魔力制御が下手なせいで、つい強すぎる魔法になってしまう。


でも、結果的には倒せたからいいか。


そのまま森を進んでいくと、次々とゴブリンが現れた。でも、どれも僕の基礎魔法で簡単に倒せてしまう。


「ウィンド」で吹き飛ばし、「ウォーター」で押し流し、「ライト」で……これは使わない方がいいな。森が吹き飛ぶ。


気づけば、二十匹ほどのゴブリンを倒していた。


そして、森の奥深くで、ついにホブゴブリンを見つけた。


身長は二メートル近くあり、筋骨隆々とした体つき。手には大きな斧を持っている。周りには十数匹のゴブリンが控えていた。


ホブゴブリンは僕を見ると、低い声で唸った。


「グルルル……人間……」


言葉を話すのか。確かに知能が高いと聞いていたが。


「悪いけど、君たちを倒さないといけないんだ」


僕は魔力を集中させる。相手は強敵だ。でも、不思議と恐怖は感じなかった。


ホブゴブリンが斧を振り上げて突進してくる。その速さは、普通のゴブリンとは比べ物にならない。


でも、僕の方が速かった。


「ウィンド」


手のひらから放たれた風の刃が、ホブゴブリンを襲う。いや、風の刃というより、もはや真空の刃だ。


ホブゴブリンの体が、真っ二つに切断された。


周りにいたゴブリンたちが悲鳴を上げて逃げ出す。


「待って」


僕は逃げるゴブリンたちに、連続で「ウィンド」を放つ。一匹残らず、全て倒した。


森が静寂に包まれる。


僕はホブゴブリンの死体から魔石を取り出した。普通のゴブリンの魔石よりも大きく、赤黒い色をしている。


「これで依頼完了かな」


僕はホブゴブリンの魔石と、ゴブリンたちの魔石を回収して、村へと戻った。


ギルドに戻ると、エリカが驚いた顔で僕を迎えた。


「レン君! 無事だったのね。よかった……って、もう帰ってきたの?」


「はい。ホブゴブリンを倒してきました」


僕はホブゴブリンの魔石をカウンターに置いた。


エリカは目を丸くする。


「これ、本物? 本当にホブゴブリンを倒したの?」


「はい。周りにいたゴブリンも全部倒してきました」


僕は大量のゴブリンの魔石も取り出した。


エリカは呆然としている。


「信じられない……G級冒険者が、ホブゴブリンを倒すなんて……」


「僕の魔法、思ったより強かったみたいです」


「強かったって……これ、D級冒険者でも苦戦する相手だよ?」


エリカは魔石を確認してから、ため息をついた。


「分かった。報酬は五千ゴールド。それと、この実績で君のランクをFに昇格させるよ」


「ありがとうございます」


「いや、こちらこそありがとう。村が救われたよ」


その日の夜、村では僕の活躍を祝う宴が開かれた。


村長やエリカ、それに村の人々が集まって、僕に感謝の言葉を述べる。


「レン君、本当にありがとう」


「これで安心して畑仕事ができる」


「君は村の英雄だよ」


そんな言葉を聞きながら、僕は照れくさい気持ちになった。


学園では一度も褒められたことがなかった。むしろ、邪魔者扱いされていた。でも、ここでは違う。僕の力が、誰かの役に立っている。


「レン、すごいじゃない」


エリカが酒を片手に話しかけてくる。


「いえ、たまたまです」


「たまたまじゃないよ。君の魔法、本当に強い。もしかして、王立魔法学園の出身?」


僕は頷いた。


「はい。でも、才能なしって言われて追放されたんです」


「才能なし? 君が?」


エリカは信じられないという顔をする。


「僕、応用魔法が使えなくて。基礎魔法しか使えないんです」


「基礎魔法でホブゴブリンを倒せるなら、応用魔法なんて必要ないじゃない」


「そう言ってもらえると嬉しいです」


僕は微笑んだ。


確かに、基礎魔法でも十分戦えることが分かった。学園での評価が間違っていたのかもしれない。


いや、違う。僕の魔法が弱かったんじゃない。学園の評価基準が、僕には合わなかっただけだ。


「これから、どうするの? この村にいる?」


「しばらくはここで依頼を受けようと思います。お金も貯めたいですし」


「それなら、いい依頼をたくさん紹介するよ。よろしくね、レン」


「よろしくお願いします、エリカさん」


僕たちは酒杯を合わせた。


この村での生活は、学園での生活とは全く違っていた。ここには僕を見下す人はいない。みんな温かく、優しい。


そして僕は、ようやく自分の居場所を見つけたような気がした。


でも、このときの僕はまだ知らなかった。


僕が「基礎魔法」だと思って使っている魔法が、実は古代に失われた超高等魔法だということを。


「ライト」ではなく「ホーリーノヴァ」。

「ウィンド」ではなく「ゲイルスラッシャー」。

「ウォーター」ではなく「ディルージュ」。


それらは全て、かつて伝説の賢者だけが使えたという、世界最強クラスの魔法だった。


そして、この小さな村での活動が、やがて王国中に知れ渡り、僕の人生を大きく変えていくことになる。


それは、まだ少し先の話だった。


続く

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