第4話:未感染エリアの脆弱性(あるいは、村人たちの困惑)

「エリス、装備チェックだ。……なんだその格好は」


出発の朝。俺はシェルターの入り口で眉をひそめた。


エリスはいつものヒラヒラした白いローブ姿だ。


「え? いつもの法衣ですけど……。防御力上昇の加護も縫い込んでありますし」


「ダメだ。布切れ一枚で感染者の爪や牙を防げるわけがない。着替えろ」


俺は予備の装備を投げ渡した。


オークの革をなめして作った(と見せかけて、特殊な薬剤で硬化処理を施した)厚手のジャケットと、関節部分に鉄板を縫い込んだズボン。そして頭には、ドワーフの鉱山用ヘルメット(ライト付き)だ。


「こ、これを私が着るんですか? 聖女としての威厳が……」


「威厳で命は守れない。ルール3『機能美こそが至高』だ。早くしろ」


渋々着替えたエリスは、まるで炭鉱夫のような出で立ちになったが、俺は満足げに頷いた。これで不意の噛みつき攻撃(バイト)からも身を守れる。


俺自身はフル装備だ。背中には大型バックパック、腰にはスコップとクロスボウ、両足にはナイフを仕込んである。


「作戦開始(ミッション・スタート)。目標、南西3キロ地点にある集落。目的は物資調達(スカベンジ)および生存者コミュニティの調査だ」



1時間後。俺たちは森を抜け、開けた場所に出た。


そこには、20軒ほどの木造家屋が並ぶ、のどかな村があった。畑では農夫が汗を流し、子供たちが道端で遊んでいる。


平和そのものの光景だ。


だが、俺は戦慄した。


「……正気か?」


「はい? 何がです?」


「見てみろ、あの無防備さを! 外壁がない。監視塔もない。あまつさえ、入り口の門が開けっ放しだ! 自殺志願者の集まりか!?」


俺は**自作のハイパワー双眼鏡(ガラスを研磨して鏡筒に組み込んだもの)**を覗き込みながら、怒りで手を震わせた。


これでは「どうぞ食べてください」と言っているようなものだ。パンデミック映画なら、開始5分で全滅するタイプの村だ。


「えっと、この辺りは比較的治安がいいですし……」


「甘い! 正常性バイアス(ノーマル・バイアス)の極みだ。行くぞ、エリス。指導が必要だ」


俺はズカズカと村へ歩き出した。


村の入り口にいた自警団らしき男が、異様な装備の俺たちに気づいて槍を構える。


「止まれ! 何者だ! その怪しい格好は……盗賊か!?」


「生存者だ。通過させろ」


「はあ? 生存者?」


話が通じない。やはり外部との通信網(インフラ)がダウンしているせいで情報が遅れているのか。


俺は面倒になり、後ろのエリスを手招きした。


「私が説明します! ……えっと、私は聖女エリス。こちらは、その……私の護衛の、テツオ様です」


ヘルメット姿のエリスがヘコヘコと頭を下げる。


自警団の男は、彼女の顔を見て目を見開いた。


「せ、聖女様!? 行方不明になったと聞いておりましたが、ご無事で! し、しかしその格好は……」


「最先端の流行(トレンド)です」


「そ、そうですか……さすが聖女様だ」


納得するのかよ。


とにかく村に入れた俺は、即座にリスク評価(アセスメント)を開始した。


村の中央広場。井戸がある。


「水源確保はよし。だが、蓋が木製だ。汚染された死体を投げ込まれたら一発でアウトだな」


俺はブツブツ言いながら、すれ違う村人たちをジロジロと観察する。


顔色はいい。歩き方も正常。今のところ、内部感染(アウトブレイク)は発生していないようだ。


「テツオ様、あまり皆さんを怖がらせないでください。買い出しに来たんですよね?」


「ああ。新鮮な野菜と、種芋が欲しい。保存食だけではビタミンが不足して壊血病になるからな」


その時だった。


村の外れから、カンカンカン! と鐘の音が鳴り響いた。


「魔物だーっ! 『ワイルド・ドッグ』の群れだぞー!」


村人たちがパニックになり、逃げ惑う。


自警団が槍を持って走っていくが、腰が引けている。


「……来たな」


俺は冷静に呟いた。


ワイルド・ドッグ。要するに野犬だ。だが、この状況で人を襲う犬といえば一つしかない。


「ゾンビ・ドッグ(感染犬)だ。動きが速く、標的が小さい。厄介な媒介者(ベクター)だな」


「いえ、ただの凶暴な野犬ですけど……でも、数が!」


エリスの指差す先、村の入り口から10匹ほどの黒い犬が雪崩れ込んできていた。


涎を垂らし、狂ったように吠えている。


「グルアアアッ!」


「ひぃぃ! 助けてくれぇ!」


逃げ遅れた老婆に、先頭の犬が飛びかかる。


自警団は間に合わない。


――だが、俺の計算(レンジ)には入っている。


「伏せろ婆さん!!」


俺は叫びと同時に、クロスボウを連射した。


ヒュンッ、ヒュンッ!


空気を切り裂く二本の矢が、跳躍中の犬の頭部と胴体を正確に貫く。


犬は老婆の目の前で短い悲鳴を上げ、地面に転がった。


「なっ……!?」


自警団が驚愕する中、俺はスコップを引き抜いて前に出る。


「ルール4『動く死体には近接戦闘(CQC)を挑むな』だ」


俺は群れの中に突っ込んだ。


飛びかかってくる犬を、スコップの面で的確に叩き落とす。


横から噛み付こうとする犬には、鉄板入りのブーツで強烈な蹴り(ストンピング)を見舞い、脳幹を破壊して活動を停止させる。


「汚染源(ソース)は断つ! 一匹たりとも逃がすな!」


俺の動きは、洗練された作業(ワーク)だった。


無駄な動きなく、次々と脅威(ターゲット)を処理していく。


エリスも後方から支援魔法を放ち、俺が撃ち漏らした個体を足止めする。


「ホーリー・バインド!」


「ナイスだエリス! いい拘束(トラップ)だ!」


わずか数分。


広場には、10匹の野犬の死体が転がっていた。


俺は荒い息一つ吐かず、血に濡れたスコップを振って汚れを落とした。


静寂が戻る。


村人たちは、恐怖と畏敬の入り混じった目で俺を見ていた。


「あ、あの……ありがとうございます……」


助けられた老婆が震えながら礼を言う。


俺は老婆を見下ろし、真顔で言った。


「礼はいい。それより、すぐに傷の有無を確認しろ。もし犬の唾液が傷口に入っていたら、お前も『奴ら』の仲間入りだ」


「ひっ!?」


「隔離用の檻はあるか? 念のため、24時間は拘束して経過観察すべきだ」


老婆が卒倒しそうになったところを、エリスが慌てて割って入る。


「テツオ様! もう大丈夫ですから! 脅さないでください!」


エリスは聖女の微笑みで村人たちに向き直った。


「皆さん、安心してください。この方は……その、少し慎重すぎるだけの、凄腕の冒険者様なんです」


村長らしき男がおずおずと進み出てきた。


「す、すごい腕前だ。あんな凶暴な群れを、たった一人で……。あなたは一体?」


俺はバックパックを背負い直し、村を見渡して宣言した。


「俺はこのエリアを『前哨基地(アウトポスト)』として認定する。


いいか、今の襲撃でわかったはずだ。この村の防衛力はゼロに等しい!


明日から俺が指揮を執る。まずは村の周囲に堀を掘り、全方位にスパイクを設置する。畑は全て高い塀で囲め。いいな!」


「は、はいぃ……?」


村人たちが困惑する中、俺は満足げに頷いた。


これでまた一つ、人類の生存圏が確保されたわけだ。


こうして、平和な村は俺の手によって、強制的に対ゾンビ要塞へと変貌を遂げることになったのである。

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異世界プレッパーの生存戦略 ~魔王? いえ、それは変異型ゾンビ(ボス)です。頭を潰せば死にます~ Nenui @Nenui_moz

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