第4話:未感染エリアの脆弱性(あるいは、村人たちの困惑)
「エリス、装備チェックだ。……なんだその格好は」
出発の朝。俺はシェルターの入り口で眉をひそめた。
エリスはいつものヒラヒラした白いローブ姿だ。
「え? いつもの法衣ですけど……。防御力上昇の加護も縫い込んでありますし」
「ダメだ。布切れ一枚で感染者の爪や牙を防げるわけがない。着替えろ」
俺は予備の装備を投げ渡した。
オークの革をなめして作った(と見せかけて、特殊な薬剤で硬化処理を施した)厚手のジャケットと、関節部分に鉄板を縫い込んだズボン。そして頭には、ドワーフの鉱山用ヘルメット(ライト付き)だ。
「こ、これを私が着るんですか? 聖女としての威厳が……」
「威厳で命は守れない。ルール3『機能美こそが至高』だ。早くしろ」
渋々着替えたエリスは、まるで炭鉱夫のような出で立ちになったが、俺は満足げに頷いた。これで不意の噛みつき攻撃(バイト)からも身を守れる。
俺自身はフル装備だ。背中には大型バックパック、腰にはスコップとクロスボウ、両足にはナイフを仕込んである。
「作戦開始(ミッション・スタート)。目標、南西3キロ地点にある集落。目的は物資調達(スカベンジ)および生存者コミュニティの調査だ」
◇
1時間後。俺たちは森を抜け、開けた場所に出た。
そこには、20軒ほどの木造家屋が並ぶ、のどかな村があった。畑では農夫が汗を流し、子供たちが道端で遊んでいる。
平和そのものの光景だ。
だが、俺は戦慄した。
「……正気か?」
「はい? 何がです?」
「見てみろ、あの無防備さを! 外壁がない。監視塔もない。あまつさえ、入り口の門が開けっ放しだ! 自殺志願者の集まりか!?」
俺は**自作のハイパワー双眼鏡(ガラスを研磨して鏡筒に組み込んだもの)**を覗き込みながら、怒りで手を震わせた。
これでは「どうぞ食べてください」と言っているようなものだ。パンデミック映画なら、開始5分で全滅するタイプの村だ。
「えっと、この辺りは比較的治安がいいですし……」
「甘い! 正常性バイアス(ノーマル・バイアス)の極みだ。行くぞ、エリス。指導が必要だ」
俺はズカズカと村へ歩き出した。
村の入り口にいた自警団らしき男が、異様な装備の俺たちに気づいて槍を構える。
「止まれ! 何者だ! その怪しい格好は……盗賊か!?」
「生存者だ。通過させろ」
「はあ? 生存者?」
話が通じない。やはり外部との通信網(インフラ)がダウンしているせいで情報が遅れているのか。
俺は面倒になり、後ろのエリスを手招きした。
「私が説明します! ……えっと、私は聖女エリス。こちらは、その……私の護衛の、テツオ様です」
ヘルメット姿のエリスがヘコヘコと頭を下げる。
自警団の男は、彼女の顔を見て目を見開いた。
「せ、聖女様!? 行方不明になったと聞いておりましたが、ご無事で! し、しかしその格好は……」
「最先端の流行(トレンド)です」
「そ、そうですか……さすが聖女様だ」
納得するのかよ。
とにかく村に入れた俺は、即座にリスク評価(アセスメント)を開始した。
村の中央広場。井戸がある。
「水源確保はよし。だが、蓋が木製だ。汚染された死体を投げ込まれたら一発でアウトだな」
俺はブツブツ言いながら、すれ違う村人たちをジロジロと観察する。
顔色はいい。歩き方も正常。今のところ、内部感染(アウトブレイク)は発生していないようだ。
「テツオ様、あまり皆さんを怖がらせないでください。買い出しに来たんですよね?」
「ああ。新鮮な野菜と、種芋が欲しい。保存食だけではビタミンが不足して壊血病になるからな」
その時だった。
村の外れから、カンカンカン! と鐘の音が鳴り響いた。
「魔物だーっ! 『ワイルド・ドッグ』の群れだぞー!」
村人たちがパニックになり、逃げ惑う。
自警団が槍を持って走っていくが、腰が引けている。
「……来たな」
俺は冷静に呟いた。
ワイルド・ドッグ。要するに野犬だ。だが、この状況で人を襲う犬といえば一つしかない。
「ゾンビ・ドッグ(感染犬)だ。動きが速く、標的が小さい。厄介な媒介者(ベクター)だな」
「いえ、ただの凶暴な野犬ですけど……でも、数が!」
エリスの指差す先、村の入り口から10匹ほどの黒い犬が雪崩れ込んできていた。
涎を垂らし、狂ったように吠えている。
「グルアアアッ!」
「ひぃぃ! 助けてくれぇ!」
逃げ遅れた老婆に、先頭の犬が飛びかかる。
自警団は間に合わない。
――だが、俺の計算(レンジ)には入っている。
「伏せろ婆さん!!」
俺は叫びと同時に、クロスボウを連射した。
ヒュンッ、ヒュンッ!
空気を切り裂く二本の矢が、跳躍中の犬の頭部と胴体を正確に貫く。
犬は老婆の目の前で短い悲鳴を上げ、地面に転がった。
「なっ……!?」
自警団が驚愕する中、俺はスコップを引き抜いて前に出る。
「ルール4『動く死体には近接戦闘(CQC)を挑むな』だ」
俺は群れの中に突っ込んだ。
飛びかかってくる犬を、スコップの面で的確に叩き落とす。
横から噛み付こうとする犬には、鉄板入りのブーツで強烈な蹴り(ストンピング)を見舞い、脳幹を破壊して活動を停止させる。
「汚染源(ソース)は断つ! 一匹たりとも逃がすな!」
俺の動きは、洗練された作業(ワーク)だった。
無駄な動きなく、次々と脅威(ターゲット)を処理していく。
エリスも後方から支援魔法を放ち、俺が撃ち漏らした個体を足止めする。
「ホーリー・バインド!」
「ナイスだエリス! いい拘束(トラップ)だ!」
わずか数分。
広場には、10匹の野犬の死体が転がっていた。
俺は荒い息一つ吐かず、血に濡れたスコップを振って汚れを落とした。
静寂が戻る。
村人たちは、恐怖と畏敬の入り混じった目で俺を見ていた。
「あ、あの……ありがとうございます……」
助けられた老婆が震えながら礼を言う。
俺は老婆を見下ろし、真顔で言った。
「礼はいい。それより、すぐに傷の有無を確認しろ。もし犬の唾液が傷口に入っていたら、お前も『奴ら』の仲間入りだ」
「ひっ!?」
「隔離用の檻はあるか? 念のため、24時間は拘束して経過観察すべきだ」
老婆が卒倒しそうになったところを、エリスが慌てて割って入る。
「テツオ様! もう大丈夫ですから! 脅さないでください!」
エリスは聖女の微笑みで村人たちに向き直った。
「皆さん、安心してください。この方は……その、少し慎重すぎるだけの、凄腕の冒険者様なんです」
村長らしき男がおずおずと進み出てきた。
「す、すごい腕前だ。あんな凶暴な群れを、たった一人で……。あなたは一体?」
俺はバックパックを背負い直し、村を見渡して宣言した。
「俺はこのエリアを『前哨基地(アウトポスト)』として認定する。
いいか、今の襲撃でわかったはずだ。この村の防衛力はゼロに等しい!
明日から俺が指揮を執る。まずは村の周囲に堀を掘り、全方位にスパイクを設置する。畑は全て高い塀で囲め。いいな!」
「は、はいぃ……?」
村人たちが困惑する中、俺は満足げに頷いた。
これでまた一つ、人類の生存圏が確保されたわけだ。
こうして、平和な村は俺の手によって、強制的に対ゾンビ要塞へと変貌を遂げることになったのである。
異世界プレッパーの生存戦略 ~魔王? いえ、それは変異型ゾンビ(ボス)です。頭を潰せば死にます~ Nenui @Nenui_moz
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