第2話:生存者発見(あるいは、検疫隔離の必要性について)
森を彷徨うこと3時間。俺は理想的な物件を発見した。
岩山の中腹に空いた、奥行きのある洞窟だ。
「換気よし。入口は一箇所。高所にあって視界も良好。……完璧なシェルター(隠れ家)だ」
元々住み着いていた大型の熊(感染して巨大化していたが、クロスボウで眉間を貫いた)を外に運び出し、俺は早速リフォームを開始した。
スキル【錬金術(クラフト)】の発動だ。
本来ならポーション調合などに使う繊細な魔法なのだろうが、俺のイメージはもっと無骨で実用的だ。
洞窟の入り口付近の土を練成し、コンクリート並みの強度を持つ壁に変える。
人が一人、這って通れるだけの隙間(キルゾーン)を残し、その周囲には熊の骨を加工した鋭利なスパイクをびっしりと埋め込んだ。
「よし。これで奴らが雪崩れ込んできても、入り口で詰まって串刺しだ」
満足げに頷いたその時だった。
遠くから、女性の悲鳴が聞こえた。
「――きゃあああああ!」
俺は即座に反応した。
風向きを確認。匂いは……まだ腐臭はしない。
悲鳴の声質はクリアだ。肺活量がある。つまり、感染による身体機能の低下は見られない。
「生存者(サバイバー)か!」
俺はスコップを腰に差し、代わりにクロスボウを構えて洞窟を飛び出した。
生存者の確保は最優先事項だ。労働力として、そして種の存続のために。
声のした方へ茂みをかき分けて進むと、開けた場所に出た。
そこでは、一人の少女が絶体絶命の危機に瀕していた。
輝くような金髪に、純白のローブ。手には装飾過多な杖を持っている。
どう見てもコスプレだが、今はツッコミを入れている場合ではない。
彼女を取り囲んでいるのは、三体の巨体。
豚のような鼻に、隆起した筋肉。手には粗末な棍棒。
ファンタジー小説なら『オーク』と呼ぶだろうが、俺の診断は違う。
「筋肉増強型の変異体(ミュータント)……『タンク』クラスか!」
面倒な相手だ。通常の打撃では痛覚を感じない可能性がある。
少女が杖を掲げ、必死に叫んだ。
「聖なる光よ、邪悪を退けよ! ライトニング・ボルト!」
杖の先から放たれた電撃が、先頭の変異体を焼く。
「グオオオッ!」
変異体は怯んだが、倒れない。
俺は感心した。
「スタンガンか? 携帯用にしては高出力だな。だが、奴らには電圧が足りない!」
少女が尻餅をつく。変異体が棍棒を振り上げた。
――今だ。
俺は藪から飛び出し、クロスボウの引き金を引いた。
ヒュッ、という風切り音。
放たれたボルト(矢)は、振り上げられた変異体の右目深くに突き刺さった。
「ブギッ!?」
「頭部はがら空きだぞ、デブ!」
俺は走りながらリロードし、すかさず二射目を放つ。今度は喉元だ。
巨体がどうと倒れる。
残りの二体が俺に向き直るが、その動きは鈍重だ。
「こっちだ、化け物ども!」
俺は腰のポーチから手製の手投げ弾――空き瓶に可燃性オイルと布を詰めた『火炎瓶(モロトフ・カクテル)』を取り出し、着火して投げつけた。
パリーン!
破砕音と共に、変異体たちが炎に包まれる。
「グギャアアアア!」
やはりウイルス性か。熱には弱いらしい。
火だるまになってのたうち回る二体の頭を、俺は駆け抜けざまにスコップでフルスイングし、粉砕して引導を渡した。
戦闘終了まで、わずか二十秒。
俺は周囲を警戒(クリアリング)した後、呆然と座り込む少女に近づいた。
「おい、立てるか?」
「あ、あの……あなたは……?」
少女が震える声で尋ねてくる。
俺は彼女の目の前でしゃがみ込み、真剣な眼差しで言った。
「質問は後だ。まずは確認させろ」
「え、え?」
「噛まれてないな?」
俺は彼女の腕を掴み、袖をまくり上げた。
白い肌に傷はない。
「きゃっ!? な、何をするんですか!」
「暴れるな。傷口や、引っ掻き傷があったらアウトだ。……ふむ、腕はシロか。足はどうだ? 首筋は?」
俺は彼女のローブを捲ろうと手を伸ばす。
当然の処置だ。もし感染していたら、ここで始末をつけるか、見捨てるしかない。情けは死を招く。それがルールだ。
「や、やめてください変態ーッ!」
バチンッ!
盛大な平手打ちが俺の頬を捉えた。
「……ッ痛ぅ」
「いきなりレディの体をまさぐるなんて、なんて無礼な! 私は聖女エリスですよ!?」
少女――エリスは真っ赤な顔で涙目になりながら、ローブを必死に押さえている。
俺は頬をさすりながら、冷静に判断を修正した。
これだけ元気に抵抗できるなら、感染による衰弱はないだろう。
「悪かった。感染チェックは生存者の義務なんだ。だが、怪我はないようで何よりだ」
「かんせん……? 何を言っているんですか? というか、今の戦い方は……魔法を使わずに、あの上位種のオークを瞬殺するなんて……」
エリスは俺と、倒れ伏した巨体を見比べる。
そして、何やらぶつぶつと呟き始めた。
「無詠唱の火属性攻撃……それに、あの未知の武器……。もしかして、伝説の『隠遁の勇者』様……?」
何か勘違いしているようだが、今は長話をしている場合じゃない。
血の匂いは新たな敵(ホード)を呼び寄せる。
「おい、エリスと言ったな。ここは危険だ。俺のシェルターへ来い」
「えっ? シェルター……?」
「要塞化した洞窟だ。備蓄食料もある。少なくとも今夜生き延びる確率は、ここにいるよりマシだ」
俺は手を差し出した。
彼女は躊躇いがちに、その手を取る。
「……わかりました。あなたからは、不思議な……強い力を感じます。信じます」
こうして俺は、この絶望的な世界で初めての「生存者」を確保した。
だが彼女はまだ知らない。
俺のシェルターに入るには、入り口で全身に消毒用アルコール(スライムの体液を蒸留したもの)をぶっかけられるという、厳しい検疫が待っていることを。
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